護衛部隊
通路の奥では、黒い装置が静かに脈動していた。
都市の管理端末へと接続された太いケーブルが床を這い、淡い光をゆっくりと流している。まるで血管の中を流れる血液のように、一定の周期で光が脈打ち、そのたびに装置の外殻がわずかに明滅した。
解析処理はまだ続いている。
端末の表示パネルには複雑なログが流れ、都市システムの深部へ干渉していることが読み取れた。通常の設備ではあり得ない通信量だ。都市の管理中枢に直接触れている証拠だった。
その周囲には六人の帝国兵が配置されている。
配置は簡潔で無駄がない。
二人が通路の前方を警戒し、通路の入口を封鎖する形で立っている。装置の左右にはそれぞれ兵士が一人ずつ配置され、さらに後方を二人が固めていた。
どこから敵が来ても即座に対応できる、典型的な護衛陣形だった。
兵士たちの装備も統一されている。黒い装甲は鈍く光り、胸部や肩の部分は重厚なプレートで補強されていた。動きやすさを残しながらも防御を重視した作りで、戦場経験のある兵士であることがうかがえる。
テラはその様子を、通路の壁際を歩きながら静かに観察していた。
影に隠れているわけではない。
ただ、そこに立っている。
しかし帝国兵の視線は、彼の存在を正しく捉えない。
幻尾。
視覚認識のわずかな歪みが、兵士たちの判断を狂わせていた。
帝国兵の一人が通路を見渡す。
警戒の動きだった。
視線がゆっくりと左右へ動き、通路の奥へと流れる。その視線が、テラの方向へ向いた。
だが焦点は合わない。
テラの輪郭は、視界の中でほんのわずかに揺らいでいた。本来の位置より半歩ほどずれた像が重なり、視覚情報が正確に結びつかない。
そこに何かがある。
しかし、それが「敵」だとは認識できない。
違和感だけが残る。
帝国兵は眉をわずかに動かしたが、それ以上の警戒には至らなかった。
やがて視線は外れ、再び通路の警戒へ戻る。
テラはその隙に、静かに接近した。
足音は最小限。
歩幅も一定に保ちながら、距離を詰めていく。
距離は十五歩ほど。
そのとき、装置の光がわずかに強くなった。
端末の前に立っていた帝国兵が、表示パネルを確認しながら低く呟く。
「解析進行率、39%」
数字が淡く光り、ログが次々に更新されていく。
隣の兵士が短く返した。
「予定より遅いな」
「都市側の制御構造が複雑すぎる」
端末を見ていた兵士が淡々と答える。
「管理プロトコルが何重にも組まれている。だが突破できない防壁ではない」
後方に立つ兵士が通路の奥を警戒しながら言った。
「プレイヤーの抵抗が増えている。陽動部隊がいつまで持つか」
「構わん」
装置の前に立つ兵士が、落ち着いた声で言う。
「解析が完了すれば、この都市の防衛機構は数分間沈黙する」
静かな言葉だった。
だが、その意味は大きい。
都市の機兵。
搬送ドローン。
通信網。
それらが一時的にでも制御不能になれば、都市機能そのものが混乱する。
帝国は、その隙を狙っている。
テラはその会話を聞きながら、さらに距離を詰めていく。
この装置が、その鍵だ。
解析が完了すれば、都市の防衛機構は確実に揺らぐ。
距離は十歩。
帝国兵の一人が、わずかに首を傾げた。
視界の端に揺らぐ像が映ったのかもしれない。
だが認識はまだ噛み合っていない。
「何かがおかしい」
その違和感はある。
だが、それが敵だと理解する前に――
動く。
テラの足が床を蹴った。
迅尾。
瞬間的な加速が身体を前へ弾き出す。
十歩の距離が、一瞬で消えた。
最前列の帝国兵がようやく異変に気づく。
「――敵」
その言葉は最後まで続かなかった。
テラの刃が、装甲の隙間へ滑り込む。
精確な一撃。
喉元を裂かれた兵士の身体が崩れ落ちる。
金属が床に触れる鈍い音が響いた。
通路の空気が一気に張り詰める。
「敵襲!」
残った兵士たちが即座に反応した。
盾兵が前へ出て防御線を作る。左右の剣士が散開し、挟み込むように位置を変える。後方では弩兵が素早く弦を引き、狙いを定めていた。
反応は速い。
訓練された兵士の動きだった。
弩が放たれる。
鋭い矢が空気を裂いた。
しかし軌道はわずかに外れる。
本来ならテラの胸を射抜いていたはずの矢は、肩の横をかすめて壁へ突き刺さった。
視覚のズレ。
幻尾によって生まれた、ほんのわずかな誤差。
その小さな狂いが、生死を分ける。
テラは横へ踏み込み、二人目の兵士へ接近する。
剣が振り下ろされた。
重い斬撃だった。
装甲の重量を乗せた一撃が空気を裂く。
だが、その刃はテラの身体をわずかに外れて通過する。
兵士の視界では、テラの位置が半歩ほどずれて認識されていた。
その瞬間。
テラが踏み込む。
刃が装甲の継ぎ目へ突き込まれた。
二人目の兵士が倒れる。
だが残りの兵士たちもすぐに陣形を整えた。
盾兵が装置の前へ下がり、防御線を作る。左右の剣士が同時に踏み込み、テラを挟み込むように斬撃を放った。
連携は正確だった。
だが、その瞬間。
床を走る炎が現れる。
狐火縫い。
細い狐火が地面を走り、剣士の足元へ絡みついた。
「……っ!」
兵士の踏み込みが鈍る。
完全な拘束ではない。
だが、一瞬の遅れが生まれる。
それで十分だった。
迅尾。
テラの身体が再び加速する。
視界が揺れ、帝国兵の認識が追いつかない。
次の瞬間には、すでに懐へ入り込んでいた。
刃が閃く。
三人目の兵士が倒れる。
金属が床へ落ちる音が通路に響いた。
しかし戦闘は終わらない。
残る帝国兵は三人。
そのうち一人は、装置の前から一歩も動いていなかった。
装備が違う。
黒い装甲は他の兵士よりも厚く、肩や胸部の装甲は一回り大きい。腰には長剣が下げられていた。
男がゆっくりと剣を抜く。
鋼が擦れる音が、静かな通路に響いた。
「……なるほど」
低い声だった。
「奇妙な術だ」
男の視線が、正確にテラを捉えていた。
幻尾の揺らぎを探るように。
通路の空気が静かに張り詰める。
帝国の護衛部隊。
その中核は、まだ倒れていなかった。




