浸食
中枢区画の通路は、相変わらず整然としていた。
外縁のような雑多な騒音はない。床に敷かれた金属パネルは継ぎ目一つ狂わず並び、壁面の設備も必要以上の振動を出さないよう調整されている。頭上を滑る搬送ドローンも一定の高度を保ったまま静かに移動しており、都市全体が精密な機械の内部のように感じられた。
だが、テラにはその静けさがどこか不自然に思えた。
ほんのわずかだが、空気の流れが変わっている。
都市が持つ安定したリズムに、細い亀裂が走っているような感覚だった。
歩きながら、テラは視線だけで周囲を観察する。
壁面端末の稼働状態。
巡回機兵の通過ルート。
通路の監視装置の向き。
中枢区画は設備が整っている分、人の視線が届きにくい場所もはっきりしている。整備が行き届いている都市ほど、例外の存在は目立つものだ。
そのときだった。
遠くの通路から金属がぶつかる乾いた音が響いた。
続けて、衝撃音。
何かが床を転がる音。
戦闘の音だった。
テラは歩調を変えず、その方向へ進む。
音はすぐに大きくなった。通路を一つ曲がると、戦闘の光景が視界に入る。
数人のプレイヤーが帝国兵と交戦していた。
帝国兵は装甲をまとい、統制の取れた動きで隊列を組んでいる。盾を構える兵士が前線を支え、その後ろから剣士が踏み込み、さらに後方には弩を構えた兵士がいる。
軍隊らしい構成だった。
対するプレイヤー側は四人。
大剣使いの男が前線で帝国兵の攻撃を受け止め、背後ではローブ姿の魔導士が術式を展開している。さらに槍を持ったプレイヤーが側面から突きを放ち、短剣使いが敵の死角を狙っていた。
典型的なパーティ戦闘だ。
大剣使いが咆哮する。
「押し返すぞ!」
その声に合わせて剣が振り抜かれ、帝国兵の盾を大きく弾き飛ばす。わずかに崩れた隊列へ、槍の一撃が鋭く突き込まれた。
同時に、魔導士が術式を完成させる。
展開された魔法陣から光弾が放たれ、通路を横切るように飛んだ。
直撃した帝国兵が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
戦闘はそこから一気に傾いた。
残った兵士もすぐに倒され、通路には再び静けさが戻る。
大剣使いの男が剣を肩に担ぎながら息を吐いた。
「はあ……。何人目だよこれ」
槍使いが苦笑する。
「中枢、思ったより荒れてるな」
「さっきから帝国兵ばっかだ」
魔導士が壁面端末にちらりと目を向けながら言った。
「しかも変だぞ。都市の通信が少し不安定になってる」
「通信?」
「端末の応答が遅れてる。あと巡回機兵のルートも変わってるみたいだ」
その言葉に、テラは足を止めた。
通信障害。
巡回ルートの変化。
それは単なる戦闘の影響ではない。
都市のシステム側に問題が起きている可能性がある。
大剣使いの男がテラに気づいた。
「お、あんたも任務か?」
「似たようなものだ」
テラは短く答える。
「この辺りで何か見なかったか?」
男は少し考え、通路の奥を顎で示した。
「詳しくは知らねえが、あっちの設備区画で妙な反応が出てるらしい。さっきすれ違ったやつが言ってた」
「妙な反応?」
「都市の端末が変なログ吐いてるとかなんとか。まあ俺らにはさっぱりだが」
男はそう言って肩をすくめた。
「でも帝国兵が集まってるってことは、何かあるんだろ」
プレイヤーたちは短い休憩のあと、別の通路へ移動していった。
再び一人になる。
テラはしばらくその場で考え、それからゆっくり歩き出した。
男が示した方向へ進む。
通路の構造は少しずつ変化していった。壁面端末の数が増え、床を走るケーブルも太くなる。設備管理に関わる区域に近づいている証拠だった。
数分ほど進む。
すると、通路の奥に淡い光が見えた。
テラは足を止める。
光は都市設備の照明とは違う色だった。
わずかに青みがかかった、不自然な光。
テラは音を立てないように歩き、通路の角へ近づいた。
壁に身体を寄せ、わずかに視線だけを出す。
その瞬間、状況を理解した。
通路の中央に、見慣れない装置が設置されていた。
都市設備とは明らかに構造が違う。
黒い金属で構成された筐体から複数のケーブルが伸び、壁面の管理端末へと直接接続されている。
装置の表面では光がゆっくりと脈打っていた。
まるで都市の神経に寄生する異物のように。
そしてその周囲には、六人の帝国兵が配置されている。
護衛部隊だ。
彼らは通路の両側に散開し、周囲を警戒していた。
テラは物陰に身を潜めたまま、装置の様子を観察する。
端末の画面が視界に入る。
そこに表示されていたのは、単なるデータ転送ではなかった。
都市管理プロトコル解析。
制御権限侵入試行。
機兵管理ライン接続。
次々に流れるログを見て、テラは小さく息を吐いた。
帝国の狙いは、都市技術の情報だけではない。
この装置は都市の管理システムそのものを解析している。
もし解析が成功すれば――
防衛機兵。
搬送ドローン。
都市通信網。
それらの一部の制御権を奪える可能性がある。
完全な支配ではない。
だが、ほんの数分でも都市の機構を停止させることができれば、その間に何でもできる。
テラの頭の中で、これまでの出来事が繋がった。
最初の設備破壊。
諜報員の侵入。
各所で起きている小規模な戦闘。
すべてはこの装置を守るための陽動だったのだろう。
都市の注意を散らし、その間に解析を進める。
だが、その作業はまだ終わっていない。
装置の光はまだ不安定で、端末のログも解析途中を示している。
つまり――
今ならまだ止められる。
テラはゆっくりと腰を落とし、呼吸を整えた。
帝国兵は六人。
配置を見る限り、単なる歩兵ではない。装備の質も、動きの精度も高い。
おそらく精鋭部隊だ。
それでも、この装置を放置するわけにはいかない。
解析が完了すれば、都市の防衛機構そのものが敵の手に落ちる可能性がある。
装置の光は、なおも静かに脈打っていた。




