作戦の痕跡
巡回機兵の足音が通路の奥から近づいてくる。中枢区画の設備異常が同時に発生している以上、都市管理側も完全な警戒体制へ移行し始めているのだろう。先ほどまで戦闘が行われていた通信設備区画の通路にも、金属製の警備機兵が数体到着し、現場の状況を機械的な動作で確認し始めていた。
テラはその様子を横目に見ながら、手に持っていた金属片をもう一度端末へかざす。
薄い装置の破片には、細かな回路が刻まれている。都市設備の部品とは明らかに構造が違い、外部技術であることは間違いない。簡易解析の結果に表示された製造識別も、すでに確認している。
ヴァルガディア帝国。
その文字を見たとき、先ほど戦っていたプレイヤーたちも小さく顔をしかめていた。
「帝国かよ……」
大剣のプレイヤーが腕を組みながら呟く。
「設備壊してるだけならただの荒らしだと思ったけど、国家絡みってなると話変わるぞ」
「でも、壊してないんだよな」
隣にいたの魔導士のプレイヤーがそう返す。
「端末触ってただけだった。しかも破壊じゃなくて……なんか調べてる感じだったし」
その言葉に、テラは小さく頷いた。
実際に見たログも同じだった。設備の破壊ではなく、一瞬だけ信号を遮断するような操作が行われている。通信設備だけでなく、エネルギー設備でも同じような停止が起きていた。
それが偶然とは思えない。
テラは端末を操作し、先ほど確認した設備ログをもう一度呼び出す。
通信設備停止。
エネルギー設備停止。
制御装置破壊未遂。
それぞれの発生地点を地図上に重ねると、三つの点が中枢区画の中で広がるように配置されているのが分かった。
テラは画面を見つめながら、ゆっくりと息を吐く。
この配置には意味がある。
単に設備を触っているだけではない。
もし都市の構造を調べるための行動だとしたら、この三つの設備には共通点がある。
それは――
都市機能の中枢に関わっていることだった。
電力。
通信。
制御。
この三つが揃えば、都市の基本的な動きはすべて把握できる。
つまり帝国の諜報員は、ギアヘイヴンの設備を無差別に触っているわけではない。都市の神経にあたる部分を、順番に調べている可能性が高かった。
「……なるほどな」
横から声がした。
大剣のプレイヤーが端末画面を覗き込み、地図の表示を見ている。
「設備を壊すんじゃなくて、都市の構造を調べてるってことか」
「可能性は高い」
テラは短く答える。
そのとき、視界の端に新しい通知が表示された。
都市任務の更新。
テラだけでなく、その場にいたプレイヤーたちも同時に端末を開いているらしく、小さな電子音がいくつか重なった。
表示された任務内容を見て、数人が同時に眉をひそめる。
《都市警戒任務》
対象:中枢区画全域
内容:侵入者の捜索および排除
危険度:中〜高
任務の説明欄には、簡単な追記があった。
――都市設備への不審なアクセスが複数確認されている。
都市側も、異常の連続を一つの事件として認識したらしい。
通路の奥では巡回機兵がさらに増えていた。都市管理のドローンも上空を移動しており、先ほどまでの静かな中枢区画とは少し空気が変わっている。
完全な非常事態ではないが、警戒レベルが上がっているのは明らかだった。
「おい、また来たぞ」
誰かが通路の奥を指差す。
そこには黒い装甲の人影が二つ見えていた。
先ほど戦っていた諜報員と同じ装備。
短剣を持ち、無駄のない動きで通路を進んでくる。
互いに距離を取りながら移動しているあたり、戦闘訓練を受けているのがすぐに分かった。
「また帝国か……」
大剣のプレイヤーが低く呟き、武器を構える。
その横で杖のプレイヤーも術式を展開し始めていた。光の紋様が床に広がり、空気がわずかに震える。
諜報員たちはこちらを見た瞬間、すぐに状況を理解したらしい。
逃げる様子はない。
むしろ短剣を構え、戦闘態勢へ移行している。
その動きを見て、テラはわずかに目を細めた。
やはり、ただの潜入諜報員ではない。
戦闘も想定している部隊だ。
通路の空気が一瞬だけ張り詰める。
次の瞬間、諜報員の一人が床を蹴った。
踏み込みは速く、一直線に距離を詰めてくる。短剣が横に振り抜かれ、大剣のプレイヤーがそれを受け止めた。
金属同士が激しくぶつかり、火花が散る。
もう一人の諜報員は横へ回り込み、魔導士のプレイヤーへ向かっていた。明らかに連携を意識した動きだった。
テラはその動きを見ながら、一歩だけ前へ出る。
諜報員の戦い方。
都市設備への接触。
複数地点での異常。
すべてを合わせて考えると、帝国の作戦はまだ終わっていない。
むしろ今の動きは、まだ準備段階の可能性が高い。
都市の構造を調べる。
設備の反応を確認する。
そうして情報を集めたあとで――
本命の作戦が動く。
テラは静かに呼吸を整えた。
もしその推測が正しいのなら、この中枢区画にはまだ別の部隊が動いていることになる。
そして、その目的はおそらく一つだった。
ギアヘイヴンの核心。
都市の制御そのもの。
諜報員の短剣が再び振るわれる。
その瞬間、テラは床を蹴った。




