侵入者たち
通信設備区画のログ確認を終えたあと、テラは端末を閉じて通路へ戻った。設備そのものには破壊された形跡はなく、停止時間も数秒程度に収まっている。都市機構はすでに完全復旧しており、巡回機兵も通常警戒へ戻りつつあった。
しかし、異常の発生地点が三箇所に広がっている事実は変わらない。
制御装置。
エネルギー設備。
通信設備。
それぞれが都市機能の中枢に関わる装置であり、しかもほぼ同時刻に異常が発生している。破壊ではなく一瞬の停止だけを起こす動きも含めて考えると、これは偶然の設備トラブルとは考えにくかった。
テラが通路を歩き始めたそのとき、遠くから鈍い衝突音が響いた。
金属が強く打ち合う音だった。
中枢区画で聞くには少し不自然な音に、テラの視線が自然と音の方向へ向く。数秒遅れて、今度は爆ぜるような衝撃音が続いた。何かのスキルが発動したときの音に近い。
戦闘。
その判断に時間はかからなかった。
テラは音のした通路へ進む。二つの交差路を抜けると、通路の先に人影が見えた。プレイヤーが三人、その奥で別の人影と戦っている。
最初に目に入ったのは、大剣を振り下ろすプレイヤーだった。両手持ちの巨大な刃が斜めに振り抜かれ、金属装甲の男がそれを短剣で受け流す。普通なら重量差で弾き飛ばされるはずの攻撃だが、相手は身体を回転させるようにして衝撃を逃がしていた。
動きが軽い。
訓練された兵士のような動きだった。
「くそっ、こいつ普通のNPCじゃねえ!」
大剣のプレイヤーが叫ぶ。
その隣では杖を持った魔導士のプレイヤーが術式を展開していた。青白い光の紋が足元に広がり、数本の光槍が空中に形成される。次の瞬間、それが一斉に放たれた。
光槍は正確に敵を狙って飛んだが、男は壁際へ踏み込み、ほとんど紙一重で回避する。二本が装甲をかすめ、火花が散ったが致命傷にはなっていない。
回避の精度が高い。
ただの諜報員ではないと、テラはすぐに理解した。
そのとき、敵の男が短剣を逆手に持ち替え、床へ何かを叩きつけた。
小さな金属片だった。
瞬間、白い閃光が通路を満たす。
「っ!」
視界が一瞬だけ白く染まる。
だがテラは完全に目を閉じる前に身体を横へ滑らせていた。幻狐歩の動きに近い、足運びだけの回避だった。閃光が消えたとき、すでに男は後退を始めている。
「逃げる気か!」
大剣のプレイヤーが追おうとする。
だが、その動きが一瞬止まった。
通路の奥から別の人影が現れたからだ。
黒い装甲。
同じ形状の短剣。
装備の構成が、先ほどの男とよく似ている。
「……二人?」
誰かが呟いた。
現れた男は状況を一瞬だけ確認し、それから静かに言葉を発した。
「予定外の接触が多い」
低い声だった。
「だが、観測は十分だ。これ以上の交戦は不要」
その言葉に、大剣のプレイヤーが眉をひそめる。
「は? 何言って――」
次の瞬間、最初の男が床へもう一つの装置を投げた。
今度は閃光ではない。
濃い煙が一気に広がる。
視界が灰色に染まり、通路の奥が見えなくなる。数秒後に煙が薄れたとき、そこにいた二人の姿はすでに消えていた。
「逃げられた……」
魔導士のプレイヤーが呟く。
大剣のプレイヤーは悔しそうに壁を軽く叩いたが、それ以上追う様子はなかった。通路は複雑に枝分かれしており、数秒で姿を消した相手を追跡するのは難しい。
テラは戦闘のあった場所まで歩いていく。
床にはいくつかの傷跡が残っている。大剣が叩きつけられた痕跡と、短剣の刃が壁面をかすめた線が見えた。だがそれよりも気になったのは、床に落ちていた小さな金属片だった。
先ほど男が投げた装置の破片らしい。
テラはそれを拾い上げる。
薄い金属板に細かな回路が刻まれており、都市設備の部品とは明らかに違う構造をしていた。外部の技術だとすぐに分かる。
「お前も任務か?」
声を掛けられ、テラは顔を上げた。
大剣のプレイヤーがこちらを見ている。
「ああ」
短く答えると、男は少し肩を回した。
「中枢区画、あちこちでこいつら出てるらしいぞ。俺たちも通信設備の異常任務で来たら、こいつが端末いじってた」
「破壊はしていなかった?」
テラが聞く。
「してないな。むしろ……」
大剣のプレイヤーは少し考えてから言った。
「調べてた感じだ」
その言葉を聞き、テラは手の中の金属片を見た。
やはりそうだ。
設備の破壊ではない。
都市の構造を調べている。
そして、そのために諜報員を送り込んでいる。
遠くの通路では巡回機兵の足音が近づいてきていた。おそらく都市管理側も、この異常の拡大に気付き始めているのだろう。
テラは金属片を端末にかざし、簡易解析を開く。
表示された情報は短かった。
《外部製造装置》
そして、その下に小さく記されている。
製造識別。
――ヴァルガディア帝国。
テラは画面を見つめたまま、静かに息を吐いた。
どうやら、今回の侵入者はただの盗賊ではない。
国家規模の諜報作戦。
その可能性が、現実味を帯び始めていた。




