三つの異常
中枢区画の設備区域を離れたあとも、テラの足取りは自然と遅くなっていた。歩み自体は変わらないが、視線が周囲を確認する頻度が明らかに増えている。都市の通路は相変わらず整然としており、搬送ドローンが一定の高度を保ちながら規則的に往来していた。高い天井に設置された照明は均一な白色光を落とし、外縁で見慣れていた電圧の揺らぎや照明のちらつきはほとんど見られない。
だが、環境が安定しているからといって状況まで安定しているとは限らなかった。
先ほど確認したエネルギー調整設備の停止は、ログ上ではすでに完全復旧している。設備の再起動処理も終わり、警告灯も消えていた。表面上の異常は解消され、都市の機能は何事もなかったかのように動き続けている。
それでも、テラの頭の中では先ほどの二つの出来事がまだ整理しきれていなかった。
制御核の持ち出し未遂。
そしてエネルギー設備の短時間停止。
どちらも発生時刻が近く、しかも内容が偶然とは思えないほど噛み合っている。都市設備を破壊する者が同じ時間帯に二つの区域へ現れたと考えるより、最初から一つの作戦として組まれていたと考えた方が自然だった。
通路を進みながら、テラは端末を開いて任務ログを呼び出す。
先ほどの設備停止のログをもう一度確認するためだった。表示された履歴には、設備が停止した時間と復旧時間、それに自動復旧処理の記録が並んでいる。だが原因の欄は「信号遮断」とだけ表示されており、詳細な理由は記録されていない。
つまり、内部から破壊されたわけではない。
信号だけが一瞬切断されている。
それはつまり、設備そのものを壊すのではなく、外部から制御信号を一時的に遮断した可能性を示していた。
テラは歩きながら視線を端末から上げる。
もしそれが意図的な行動だったとしたら、目的は設備破壊ではない。むしろ都市の制御系統がどのように反応するのかを観察するための行動だった可能性が高い。
制御核を抜き取る工作。
エネルギー設備の信号遮断。
この二つが同時に起きているとすれば、共通するのは一つだけだった。
都市の制御構造。
誰かが、ギアヘイヴンの内部構造を調べている。
その考えが頭に浮かんだ瞬間、視界の端に新しい通知が現れた。
都市任務の更新だった。
テラは歩みを止め、表示を開く。
任務の内容を見た瞬間、目がわずかに細くなる。
《都市設備異常対応》
発生位置:中枢区画・通信制御設備
任務内容:通信異常の原因調査
危険度:中
表示された座標は、先ほど確認したエネルギー設備からさらに離れた場所だった。
テラは数秒ほどその位置を見つめる。
中枢区画の地図を頭の中で組み立てると、その三つの場所は完全にバラバラの位置にあるわけではなかった。むしろ都市機能の中枢を構成する三つの要素――制御、電力、通信――をそれぞれ別の場所で触れている形になっている。
制御装置。
エネルギー設備。
通信設備。
それらはすべて、都市を動かすための基盤だった。
偶然三つの設備で異常が発生したとは考えにくい。
テラは端末を閉じ、静かに息を吐いた。
もしこれが一つの作戦だとしたら、目的はかなりはっきりしてくる。都市設備を破壊することではなく、むしろ都市の反応を調べることが狙いだ。
つまり、技術の解析。
誰かがこの都市の仕組みを調べている。
歩きながらテラは任務を受諾し、新しい座標へ向かって進み始めた。
通路をいくつか抜けると、やがて空気の質が少しだけ変わる。中枢区画の中でもこのあたりは設備区域に近く、人の往来が減っている。壁面には通信機器が並び、細いアンテナ状の装置が天井近くに取り付けられていた。都市の内部通信を管理する区域なのだろう。
区画の入口にはすでに巡回機兵が二体立っていた。
警告灯は点灯していないが、通常より警戒状態に近い姿勢を取っている。装甲の表面には都市管理局の識別マークが刻まれており、光学センサーが通路をゆっくりと走査していた。
テラが近づくと、機兵の一体がわずかに身体を動かし、識別センサーがこちらを確認する。プレイヤーであることを認識したのか、それ以上の反応は示さなかった。
テラは壁面の端末へ手を伸ばし、通信設備のログを確認する。
表示された記録を見て、わずかに眉が動いた。
通信遮断。
発生時間は、先ほどのエネルギー設備停止とほぼ同時刻だった。
そして遮断時間は――
わずか数秒。
テラは端末の画面をじっと見つめる。
設備は壊れていない。部品も持ち出されていない。ログにも侵入の痕跡はほとんど残っていない。ただ一瞬だけ、通信信号が遮断されている。
それはまるで、都市の神経を一瞬だけ切断して反応を確かめるような動きだった。
その瞬間、テラの頭の中でいくつかの線が繋がった。
制御装置の破壊未遂。
エネルギー設備の信号遮断。
通信設備の短時間停止。
これらはすべて都市の機能の一部であり、それぞれが独立しているようで実際には密接に繋がっている。
もし誰かがそれを順番に触れているとしたら、目的はただ一つだった。
都市の構造を調べている。
テラはゆっくりと通路を見回した。
周囲には誰もいない。巡回機兵が二体立っているだけで、設備区域は静まり返っている。都市はいつも通りの顔を保ったまま動いている。
しかし、その内部では誰かが確実に何かを試している。
そしてその相手は、おそらく都市の技術そのものを狙っている。
テラは端末を閉じると、通路の奥へ視線を向けた。
この都市を調べている者がいる。
そしてその作業は、まだ終わっていない。
むしろ――
ここからが本番なのかもしれなかった。




