通信中継
中枢区画の通路は相変わらず静かだった。
外縁のような雑多な騒音はなく、設備の作動音もほとんど耳に残らない。搬送ドローンは一定の高度を保ったまま規則的に移動し、壁面に設置された端末も安定した光を保っている。
都市そのものが秩序を保っているような空間だった。
だが、その均衡が少しずつ崩れ始めていることをテラは感じていた。
管理施設を出てからしばらく歩き、表示された座標へ向かって通路を進む。通信制御ラインの異常が発生している区域は、中枢区画でもやや奥に位置する場所だった。
一般のプレイヤーが訪れる理由はあまりない。
そのため、周囲の通路は自然と人の数が少なくなっていた。
天井の照明は白く安定しているが、人の気配が少ないせいか、空間そのものがわずかに広く感じられる。
歩きながら、テラは先ほどの尋問の様子を思い返していた。
拘束された諜報員たちは、最後までほとんど何も話さなかった。
しかし完全な無反応ではなかった。
エネルギー設備の停止について触れた瞬間、わずかに視線が動いた。ほんの小さな変化だったが、無関係な話題に対する反応ではない。
つまり、あの設備停止は彼らの行動と無関係ではない可能性が高い。
そしてもう一つ。
制御核を持ち出そうとしていた行動。
あれが本当に目的だったのかどうかは、まだ判断できない。
むしろ、あれは騒ぎを起こすための行動だった可能性の方が高い。
制御装置の破壊未遂。
プレイヤーとの戦闘。
都市管理機兵の出動。
設備区画の封鎖。
もしそれらがすべて計画された流れだったとすれば、その混乱の間に別の場所で作業を行う時間が生まれる。
エネルギー設備の停止は、その一部だったのかもしれない。
そして今、新たに発生した通信ラインの異常。
テラは歩きながら都市の構造を頭の中で整理していた。
エネルギー設備は都市の電力を制御する場所。
通信ラインは都市の制御信号を各設備へ送る経路。
役割は違うが、どちらも都市機能の基盤に近い位置にある。
もしそれらが意図的に揺らされているのだとしたら――
目的は単なる破壊ではない。
都市の制御そのものに干渉すること。
通路を曲がると、目的の施設が見えてきた。
通信中継設備。
外見はそれほど大きくない建造物だったが、壁面には多数の信号ケーブルが接続されている。都市の各設備へ送られる制御信号を中継する拠点の一つらしい。
入口付近には巡回機兵が二体配置されていた。
テラが近づくと、機兵のセンサーがわずかに動く。
短い識別スキャンのあと、入口の扉が静かに開いた。
内部に入ると、空気が少しだけ熱を帯びているのが分かった。
設備の稼働音が低く響き、壁面の端末には大量の信号ログが流れている。中央には制御装置が並び、複数の通信ラインが接続されていた。
だが、その空間には明らかに異常があった。
装置の一部で警告灯が点滅している。
端末のログには「信号遅延」「再接続」「通信遮断」といった表示が何度も繰り返されていた。
テラは近くの端末を操作し、ログを確認する。
通信ラインは完全に切断されたわけではない。
数秒単位で信号が乱れ、そのたびに自動修復処理が走っている状態だった。
つまり、誰かが外部から干渉している可能性がある。
テラは視線を上げ、施設の奥を見た。
長い通路が一本伸びている。
照明は正常だが、人の姿は見えない。
巡回機兵も入口付近にしか配置されていなかった。
もし誰かがこの設備に干渉していたとしても、すでに作業を終えて離脱している可能性は高い。
テラは通路をゆっくり歩き始めた。
床に残された足跡や破壊の痕跡は見当たらない。設備そのものも外見上は損傷していなかった。
だが、ログを見る限りでは確実に何かが起きている。
通路の奥へ進んだところで、小さな端末装置が壁面から外されているのが見えた。
正確には完全に外されているわけではない。
端末のカバーだけが開かれ、内部の配線が露出している状態だった。
テラは足を止める。
近づき、内部を確認する。
配線の一部が不自然に接続されていた。
都市の標準仕様とは違う形で、信号ラインが一度分岐されている。
つまり、通信を一度外部へ流してから戻している構造だった。
「……なるほど」
小さく呟く。
通信を完全に遮断するのではなく、一部を外部へ流している。
それは都市の制御信号を盗み見るための処理だった。
つまり、目的は破壊ではない。
情報。
都市の制御信号そのものを解析すること。
エネルギー設備の停止。
通信ラインの干渉。
その組み合わせで都市の制御構造を調べていると考えれば、すべての行動が繋がる。
そして、そのための時間を稼ぐ役目を果たしたのが最初の諜報員だった。
テラは配線を元に戻し、端末のカバーを閉じた。
通信ログの異常表示がゆっくりと減っていく。
だが、それで終わりではない。
すでに必要な情報は抜き取られている可能性が高かった。
テラは施設の出口へ視線を向ける。
中枢区画は相変わらず静かだった。
しかし、その裏側では確実に何かが動いている。
都市の技術を狙う者たち。
そして、その行動はまだ終わっていない可能性がある。
本命が近づいているような感覚があった。




