残された違和感
通路の奥で、制御装置の警告灯がゆっくりと点滅していた。赤い光が一定の間隔で壁面を染め、薄暗い整備通路の内部に不規則な影を落としている。その光の中で、二人の男が床に倒れていた。
一人は腹部を押さえたまま動かず、もう一人は壁際に押し付けられた姿勢のまま荒い呼吸を繰り返している。先ほどまで身体を縛っていた狐火はすでに消えていたが、衝撃と消耗のせいか、まだ自由に動ける状態ではないらしい。
テラは数歩離れた位置に立ち、静かに周囲の様子を確認していた。通路には相変わらず人の気配がなく、遠くで搬送レールが稼働する低い振動音だけが床を伝ってくる。戦闘は短時間とはいえそれなりの物音を伴っていたはずだが、今のところ誰かが駆けつけてくる気配はない。中枢区画の設備区域は人通りが少ないとはいえ、ここまで静かなままというのは少し不自然にも思えた。
テラは足元に転がった金属ユニットへ視線を落とした。先ほど男の手から滑り落ちた、都市設備の制御核である。掌に収まるほどの小さな装置だが、内部の回路は複雑に組み合わされており、淡い光が規則的な間隔で明滅している。その光はただの機械の動作というより、都市の機能そのものが呼吸しているかのような律動を感じさせた。
床に落ちた衝撃で外装に小さな擦り傷がついているものの、破損はしていないようだ。テラはそれを拾い上げ、軽く重さを確かめる。見た目以上に内部の密度が高く、精密機器特有の重みが掌に伝わってくる。
この装置が都市設備の重要部品であることは、専門知識がなくても理解できた。
ふと視線を上げると、壁際の男がテラを睨んでいた。呼吸は荒く、顔色も悪い。それでもその目にはまだ強い意志が残っている。
「……都市の犬か」
吐き捨てるような低い声だった。
テラはそれに対して特に反応を示さなかった。ただ数秒ほど男の視線を受け止め、それから静かに視線を外す。言葉を交わしたところで、状況が変わるわけではない。この都市において任務の処理は基本的に都市管理側が行う。捕縛された対象がいれば管理側のNPCが引き渡しを受け、事情の調査もその後に進められる。プレイヤーが関与するのはそこまでだ。
テラは端末を開き、任務の簡易報告を作成した。設備異常の発生地点、装置の状態、戦闘の発生、対象の拘束。必要な情報を順に整理して都市システムへ送信する。
送信が完了すると、端末の画面に短い通知が表示された。
任務更新。
状況確認中。
管理部門到着まで現場維持を推奨。
簡潔な文面だった。
テラはそれを確認すると端末を閉じる。つまりこの場で待機していればよいということだ。
しばらくそのまま通路に立っていると、やがて遠くから微かな振動音が聞こえ始めた。最初は床を伝う小さな振動だったが、時間とともに徐々に近づいてくる。搬送機とは違う規則的な機械音だった。
巡回機兵の足音である。
数十秒ほどして、通路の曲がり角から二体の機兵が姿を現した。装甲の表面には都市管理局の識別マークが刻まれており、武装も最低限の治安維持用のものに見える。戦闘機というよりは管理機構の延長といった印象だった。
機兵たちは現場の状況を短時間で確認すると、すぐに作業を開始した。一体は倒れている男の方へ向かい、もう一体は制御装置の点検に取りかかる。拘束具が展開され、男の腕が固定される。抵抗する余裕もないまま、そのまま担架型の輸送装置へ乗せられた。壁際にいた男も同様に拘束され、機械的な手順で運搬装置へ固定されていく。
処理は驚くほど手際がよかった。数分も経たないうちに二人は完全に拘束され、輸送準備が整えられていた。
やがて機兵の一体がテラの方へ向く。赤い光学センサーが一瞬だけ点滅し、機械音声が短く告げた。
「協力感謝。設備損傷の復旧作業を開始します」
それだけだった。追加の質問も事情聴取もなく、作業は淡々と進められていく。
制御装置の内部へ新しいユニットが差し込まれ、配線が再接続される。破損していた外装パネルも交換され、点検用の端末が接続される。数分後には警告灯が消え、通路の照明が安定した。設備異常は完全に復旧したらしい。
テラはその様子を静かに見ていた。
任務としてはこれで完了のはずだった。
しかし、どうにも胸の奥に引っかかるものが残っている。
戦闘は短かった。相手の動きは決して素人ではなく、それなりの訓練を受けていることは分かった。それでも都市設備の制御核を盗み出そうとする者にしては警戒が甘いように思えた。
逃走手段の準備もない。増援もいない。捕まる可能性を考慮している様子もなかった。
むしろ、どこか無理を承知で行動しているようにも見えた。
テラは思考を巡らせる。もしこの行動が本当に都市技術の奪取を目的としているなら、作戦としては成功率が低すぎる。都市の中枢区画で設備を破壊し、制御核を持ち出す。それだけでも難易度は高いのに、実行部隊が二人だけというのはあまりにも不自然だった。
ならば別の目的があったと考える方が自然である。
囮。
その言葉が頭に浮かんだ。
この設備を破壊すること自体が目的ではなく、むしろ騒ぎを起こすことが目的だったとしたらどうだろうか。都市の注意を引きつけ、その間に別の場所で何かを行う。
そう考えると、今回の行動の不自然さは説明できる。
テラはゆっくりと通路を見回した。機兵はすでに撤収の準備を始めており、設備の復旧も終わっている。通路は元の静けさを取り戻しつつあった。都市の機能は何事もなかったかのように動き続けている。
だがもし本当に囮だったとしたら、本命は別の場所で動いているはずだった。
テラは数秒ほどその場に立ったまま考えたが、やがて小さく息を吐いた。ここで考えていても答えは出ない。少なくとも、この通路では何も分からない。
やがてテラは通路の出口へ向かって歩き出す。
任務は完了している。これ以上ここに残る理由はない。
通路を離れる直前、テラは一度だけ振り返った。整備された設備、静かな通路、何も起きていない都市の内部。すべてが正常に戻ったように見える。
それでも、その裏側で何かが動いている。
そんな気配だけが、わずかに残っていた。




