中枢任務
中枢区画に足を踏み入れてから、まだ半日も経っていない。
外縁の街並みと比べて、この区域は静かだった。人の数が少ないわけではない。むしろ通行量は多いはずなのに、どこか整然としている。搬送ドローンは一定の高度を保ったまま規則的に通過し、道路脇の機械設備も無駄な振動や騒音を出していない。
都市全体が、意図的に調整された環境のように見えた。
テラは通路の端に立ち、視線だけで周囲の構造を確かめる。
壁面に埋め込まれた情報端末。
搬送レールの分岐。
巡回機兵のルート。
外縁で身についた習慣は、場所が変わっても自然と働いていた。
視界の端に、任務通知が出現した。
テラは歩みを止め、内容を確認した。
《都市設備異常対応》
発生位置:中枢区画・輸送補助設備
任務内容:設備異常の原因調査
危険度:低〜中
推奨人数:単独可
珍しい内容ではない。
都市が巨大である以上、設備の異常はどうしても発生する。外縁でも似た任務は何度も経験していた。搬送ドローンの制御遅延や搬送レールの誤作動など、原因の大半は単純な機械トラブルだ。
だが中枢の場合、それが長時間放置されることはほとんどない。
都市管理側がプレイヤーに任務を流すのは、人の判断が必要な場合に限られる。
テラは任務を受諾し、表示された座標へ向かって歩き出した。
通路は広く、天井も高い。照明は白く安定していて、外縁で見慣れたちらつきもない。整備状態の違いが、そのまま区域の格差を示しているようだった。
指定地点は、輸送補助設備が並ぶ通路区画だった。
搬送ドローンや小型輸送機が通るための分岐通路で、人通りは少ない。巡回機兵が一体だけ、一定の速度で通路を往復している。
テラは壁面の情報端末に手を触れ、設備ログを確認した。
表示された記録を順に追う。
搬送ルート異常。
制御信号遅延。
短時間のシステム停止。
内容だけ見れば、ありふれた設備トラブルに見える。
しかし数秒ほどログを眺めているうちに、違和感が浮かんだ。
停止時間が短すぎる。
制御系統が一度落ちているにもかかわらず、復旧が異常に早い。普通の故障なら、ここまで即座には戻らないはずだった。
まるで――
誰かが意図的に信号を遮断し、すぐに戻したような挙動だった。
テラは端末の操作を止め、通路の奥へ視線を向けた。
設備異常のログは、この通路の奥側に集中している。搬送レールが曲がり、整備用通路へ接続している部分だ。
足音を抑えながら、ゆっくりと歩き出す。
奥へ進むほど、人の気配は薄くなっていった。巡回機兵のルートも途中で終わっているらしく、このあたりには機械の巡回もない。
レールの脇を通り過ぎたところで、テラは足を止めた。
床に擦れたような跡が残っている。
最近ついたものだった。
しかも一人分ではない。複数の足跡が奥へ向かって続いている。だが戻った形跡はない。
テラは数秒だけ考え、そのまま跡を追った。
通路は途中で細くなり、整備用の側路へ分岐している。普段は閉じられているはずの小型シャッターが、わずかに開いたままになっていた。
内部の照明は落ちている。
テラは壁に身体を寄せ、隙間から内部を確認した。
暗い通路の奥で、わずかな光が揺れている。
携帯端末の画面のような光だった。
そして次の瞬間。
金属を叩くような音が響いた。
甲高い衝撃音が通路に反響する。
工具の音だ。
誰かが設備を解体している。
テラは呼吸を落とし、音の方向へ注意を向ける。
暗闇の奥で、影が動いた。
人影は二つ。
そのうち一人が、壁面に埋め込まれた制御装置を開いている。もう一人は周囲を警戒するように立っていた。
「急げ」
低い声が聞こえた。
「巡回が来る前に終わらせる」
「分かってる。だがこの都市の設備は厄介だ」
金属を外す音が続く。
「構造が複雑すぎる」
「だからこそ価値があるんだろう」
短く笑う声が響いた。
「この技術を持ち帰れれば、あいつらは――」
言葉は途中で途切れた。
工具の音が再び鳴る。
今度は何かが外れる音だった。
その直後、設備の内部から小さな火花が散った。
制御装置の一部が引き抜かれている。
破壊ではない。
だが明らかに正常な整備作業でもなかった。
部品を取り外している。
持ち帰るつもりなのだ。
テラは目を細めた。
設備異常の原因は、ほぼ間違いなくあれだった。
都市設備から重要部品を抜き取れば、当然システムは異常を起こす。
つまり――
これは事故ではない。
意図的な破壊行為だった。
再び金属音が響く。
「もう少しだ」
「急げ」
「分かってる」
端末の光が揺れ、通路の奥の影がわずかに動いた。
テラは静かに息を吐く。
このまま報告して引くという選択もある。
だが。
設備の破壊を見過ごせば、都市側の被害は広がる可能性がある。
そして何より――
ここは中枢区画だ。
この区域の設備を狙う理由は、一つしかない。
都市の技術だ。
テラはゆっくりと姿勢を落とした。
影の位置。
距離。
退路。
通路の構造を頭の中で組み立てる。
戦うかどうかは、まだ決めていない。
だが、状況はすでに把握した。
奥では、再び金属音が響く。
設備の固定具が外れたらしい。
「取れた」
小さな声が聞こえた。
「これが制御核だ」
その言葉を聞いた瞬間、テラの視線がわずかに細くなる。
次の瞬間。
通路の奥で、端末の光が大きく揺れた。




