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中枢エリア

 外縁区画の朝は、相変わらず低い機械音とともに始まっていた。幹線道路を走る輸送車両の振動、巡回ドローンの回転音、整備施設から流れてくる工具の打撃音。それらが重なり合い、都市の外側を支える作業音として空気に溶け込んでいる。


 試験任務を終えたテラは、その音の中を歩きながら、管理区画の受付棟へと向かっていた。


 建物は外縁らしく簡素な構造で、装飾よりも機能を優先した造りになっている。金属パネルの壁面には企業の管理番号が刻まれ、入口の上には「外縁管理局 第七窓口」という小さな表示が出ていた。


 中へ入ると、すでに何人かのプレイヤーが端末の前に立っている。任務報告の提出、補給申請、区域通行証の更新など、ここは外縁で活動する者にとって最低限の手続きを行う場所だった。


 テラは端末の一つを操作し、試験任務の完了ログを送信する。


 画面には淡々とした文字列が流れ、任務内容、行動ログ、周辺監視データなどが順に照合されていく。


 少し待つと、受付にいた管理官NPCが視線を上げた。


「試験任務の報告、確認した。結果は即時には出ない。内部評価の審査があるからな」


 低い声でそう言うと、彼は端末の表示を確認しながら続ける。


「任務達成率だけで判断するわけじゃない。行動記録、被害状況、撤退判断、住民への影響……そういうものも含めて、総合的に見られる」


 説明の口調は事務的だったが、その内容は外縁で何度も耳にしてきたものと一致している。


 この都市では、表に見える数値だけで評価が決まるわけではない。


 貢献度はあくまで目安であり、本当に重要なのは――記録されている行動そのものだ。


「結果が出るまで、少し時間がかかる。外で待っていろ」


 それだけ言うと、管理官は別の端末に視線を戻した。


 テラは受付棟を出て、道路沿いの手すりにもたれながら都市の流れを眺める。


 外縁区画は、都市の中でも最も古い設備が集まる場所だ。


 補修された金属壁、露出した配管、時折軋む古い輸送ライン。そこに新しい機材が部分的に追加され、どうにか機能を維持している。


 だが、この場所が都市の外側を支えていることもまた事実だった。


 しばらくして、受付棟の扉が開く。


 出てきたのは、あの老人だった。


 旧技術班と名乗っていた、修理屋の老人。


 テラに気づいた様子はなく、老人はゆっくりと道路を横切り、管理局の別棟へと歩いていく。その背中は相変わらず曲がっているが、歩き方には妙な安定感があった。


 老人は建物の入口で立ち止まり、管理官らしきNPCと短く言葉を交わす。


 距離があるため内容までは聞こえない。


 だが、管理官の表情がわずかに変わり、そのまま内部へと消えていったのは確認できた。


 老人はそれ以上何もせず、杖を突きながら歩き去る。


 まるで、最初からそこに用事などなかったかのように。


 それから数分後、受付棟の端末に通知が届いた。


 管理官が外へ出てきて、短く言う。


「審査が終わった。試験任務の結果を伝える」


 周囲にいた数人のプレイヤーが視線を向けた。


 管理官は端末を確認しながら、淡々と続ける。


「任務達成率、問題なし。区域被害、軽微。途中離脱なし。住民被害なし」


 項目が一つずつ読み上げられていく。


 それは単なる結果報告というより、行動記録の確認に近かった。


 最後に、管理官は端末を閉じる。


「総合評価――基準値を満たしている」


 そして、短く告げた。


「中枢エリアへの入場を許可する」


 その言葉と同時に、端末の表示が更新される。


 テラの視界に、新しいアクセス権が追加された。


 『中枢区画 通行許可コード:発行済』


 外縁区画と中枢区画を隔てる境界線は、都市の中心に近づくほど厳重になる。


 誰でも自由に行き来できるわけではない。


 一定の実績と、内部評価を通過した者だけが、上層へ進むことを許される。


 管理官は簡単な説明を続けた。


「中枢への入口は第三昇降施設だ。ここから北に三ブロック。ゲートで許可コードを提示すれば通れる」


「ただし――」


 彼はわずかに視線を細める。


「向こうは外縁とは違う。企業研究所、管理局本部、都市機構の中枢が集まっている。余計な騒ぎを起こせば、即座に通行権は剥奪される」


 警告というより、事実の説明だった。


 テラは小さく頷き、その場を後にする。


 指示された方向へ歩いていくと、やがて都市の景観が変わり始めた。


 古い設備が多かった外縁とは違い、建物の高さが明らかに増えている。


 道路の上空には搬送ラインが張り巡らされ、無人輸送機が規則正しく往復していた。


 さらに進むと、巨大な構造物が見えてくる。


 それは都市の中心部へと続く昇降施設だった。


 塔のようにそびえる金属構造の中央に、縦長のシャフトが通っている。外壁には多数の警備ドローンが巡回し、入口には重厚なゲートが設置されていた。


 すでに何人かのプレイヤーが列を作っている。


 装備の質は、外縁で見てきたものより明らかに高い。


 装甲の質感、武器の出力、装備に刻まれた企業製造コード。


 この場所に来る者の水準が、外縁とは違うことが一目で分かった。


 順番が回ってくると、テラは端末に許可コードを提示する。


 ゲートのスキャナが青く点灯し、機械音が響いた。


 認証は数秒で終わる。


 重い金属扉がゆっくりと開き、その奥に昇降装置が姿を現した。


 テラはその内部へと足を踏み入れる。


 やがて昇降装置が静かに動き始めた。


 外縁の景色が、ゆっくりと下へ遠ざかっていく。


 配管と整備施設に覆われた街並みが、次第に小さくなり、その代わりに視界の上方から別の都市構造が現れてくる。


 ガラスと金属で構成された高層施設。


 空中道路。


 研究棟の巨大な外壁。


 それは外縁とは明らかに違う、都市の中心部だった。


 未来都市ギアヘイヴン。


 中枢エリア。


 昇降装置が停止し、扉が開く。


 テラは静かに、その都市へ足を踏み入れた。


 外縁で見てきたものとは、まるで別の世界が広がっていた。


 そして、この都市の本当の姿は、まだその先にある。

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