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残された声

 試験任務の終了通知が表示されたのは、旧技術群を抜けて地上へ戻った直後だった。


 視界の端に表示された結果ログには、複数の検査項目が並んでいる。探索時間、設備状況の記録、危険区域の通過履歴。どれも特別な評価を示すものではないが、少なくとも任務自体は問題なく完了したと判断されたらしい。


 だがテラの意識は、結果ログではなく別の場所へ向いていた。


 旧技術群の通路で見つけた、あのわずかな違和感である。


 規格通りに並ぶはずの金属板。その一枚だけ、光の反射がほんの少し違って見えた。


 老朽化の差だろう。

 長い年月を経た施設では珍しいことではない。


 指先を壁に近づけたとき、金属越しに微かな震えが伝わったような気もした。

だが、それは通路を巡る配管の振動かもしれない。それにあの時は試験任務の途中だったため、深入りする理由はなかった。任務の途中で寄り道することは、評価を落とす行為にもなるかもしれない。


 だからテラはその場を離れた。


 だが任務が終わった今、状況は違う。


 旧技術群そのものはすでに探索済みだが、あの違和感の正体だけは確認していない。


 テラはしばらく立ち止まっていたが、やがて端末を操作して再び旧技術群へ向かった。


 この区域は都市の旧技術の跡であり、プレイヤーの活動圏としては微妙な位置にある。資源は少なく、敵も弱い。クエストが発生する確率も低いため、効率を重視するプレイヤーはほとんど立ち寄らない。


 上を目指す者にとっては、時間を使う価値が薄いと認識されている場所だ。


 だからこそ、あの壁の違和感も長い間見逃されてきたのだろう。


 テラは迷いを残さないまま、再び地下へ向かった。


 地上の空気が背後へ遠ざかり、代わりに冷えた金属の匂いが戻ってくる。旧設備層の通路は相変わらず静かで、壁面の配管から時折低い振動が伝わるだけだった。


 探索済みの区域を進む足取りは迷いがない。


 ドローン巡回ルートも、崩落しかけている床の位置もすでに把握しているため、警戒を強める必要もなかった。


 やがてテラは、あの場所へ戻ってくる。


 壁面の継ぎ目がわずかにずれている区画だ。


 改めて見ると、その違和感はやはりはっきりしていた。周囲の壁材と比べて摩耗の程度が違い、長い年月の中で一部だけが触れられていた痕跡が残っている。


 テラは壁面へ手を当てる。


 微弱な振動が、指先を通して伝わってきた。


 この区域の電力はほぼ停止しているはずだ。老人の端末に残されていた設備ログでも、旧設備層の電源はすでに機能していないと記録されていた。


 それでも、この壁の向こうだけがわずかに稼働している。


 テラは周囲を確認する。


 通路に他の動きはない。


 やがて継ぎ目の一箇所へ指をかけ、わずかに力を加える。


 最初は反応がなかったが、押し込むように圧をかけると内部で小さな機械音が鳴った。


 続いて、壁の一部がゆっくりと沈み込む。


 次の瞬間、壁面が横へ滑るように動いた。


 隠し扉だった。


 開いた隙間から、乾いた空気が流れ出る。長く閉ざされていた空間特有の匂いだったが、完全な廃墟の匂いではない。わずかに機械油の香りが混じっている。


 内部に電源が残っている証拠だ。


 テラは慎重に中へ入る。


 通路は短く、数歩進むと小さな施設のような空間へ繋がっていた。


 部屋の広さはそれほど大きくない。しかし設置されている設備は、外縁で見かける機械とは明らかに設計思想が違っている。壁面には高密度の端末が並び、天井には細い光源が等間隔に埋め込まれている。


 そのいくつかが、今もわずかに発光していた。


 完全に停止した施設ではない。


 最低限の電力だけが、長い年月維持されているようだった。


 テラはゆっくりと室内を見渡す。


 中央には研究机のような装置があり、その周囲には複数の記録端末が配置されている。どれも埃をかぶっているが、破壊された形跡はなく、むしろ急いで放棄されたような印象を受けた。


 視線が、やがて部屋の奥で止まる。


 床に横たわる一体の骸骨があった。


 白骨化しているが、衣服の残骸から研究者用の作業服だったことが分かる。崩れた机の影に倒れ込むような姿勢で、その周囲には古いデータチップがいくつも散らばっていた。


 そして、そのすぐ横にもう一つの存在がある。


 人型のロボットだった。


 白銀色の合金で構成された機体で、四肢の構造は現在の都市で見かける作業用オートマタに似ている。しかし関節の作りや内部フレームの精度はそれよりも遥かに高く、試作機のような印象を受けた。


 だが機体は完全に停止している。


 頭部はわずかに下を向き、長い時間その場に座り続けていたかのようだった。


 テラは数歩近づき、床のデータチップを拾い上げる。


 端末が自動的に解析を開始する。


 表示されたログには、研究記録の断片が残っていた。


「人格模倣アルゴリズム」


「自律思考回路」


「オートマタ試作機」


 どれも、この都市の基盤技術に関わる内容だった。


 テラがロボットへ視線を向ける。


 完全に停止しているように見えるが、内部電源だけは微弱に残っている気配があった。


 テラは手を伸ばし、その肩へ触れる。


 その瞬間、機体の内部で小さな駆動音が鳴った。


 長い年月停止していた機構が無理やり動き出すような音だった。関節が軋み、ロボットの頭部がゆっくりと持ち上がる。


 暗かったセンサーが、淡く点灯した。


 焦点は合っていない。それでも機体の口元から、機械音声が漏れ出す。


「……認証……未確認……」


 音声は断続的で、回路が正常ではないことが分かる。


「……もし……誰かが……ここへ……」


 内部の駆動音が強くなる。


「……エクセリア……の……願いを……」


 最後の言葉だけが、かすかに明瞭だった。


「……叶えて……」


 音声が途切れる。


 センサーの光が、ゆっくりと消えた。


 完全な沈黙が室内を満たす。


 その瞬間、テラの視界に新しい通知が表示された。


【ユニーククエスト】


《叡智継承》


―彼女の願いを、未来へ繋げ―


■ 成功条件


・研究者エクセリアの悲願を完遂すること

(進行条件は表示されません)


■ 成功報酬


・???

(到達時に開示されます)


■ 失敗時


・何も得られずクエスト終了

 

 テラはしばらくその表示を見つめていた。


 この研究室が何なのか、まだ完全には理解できていない。だが少なくとも、この都市のどこかに繋がる技術がここに残されていることだけは確かだった。


 そして、その中心にいるのが“エクセリア”という人物なのだろう。


 テラは研究端末を起動し、残されているデータの保存を開始する。


 長い年月の中で誰にも見つからなかった研究室は、今も静かに機械音を鳴らしていた。


 その奥で、骸骨の隣に座るロボットだけが、再び完全に動きを止めている。

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