旧技術群②
外縁の倉庫街は、人の流れが急に薄くなる。幹線道路から一本裏へ入るだけで、企業輸送の騒音も監視ドローンの巡回音も遠ざかり、代わりに古い設備の低い唸りだけが残るようになる。
テラは、老人から渡された簡易端末を手に、崩れかけた倉庫壁の前に立っていた。外見はただの搬入口にしか見えないが、端末の表示する座標は確かにこの位置を示している。壁面の一部には古い認証パネルが残されており、埃を払い落とすと、かすかに電源が生きていることが分かった。
端末を接続すると、数秒ほど沈黙が続いたのち、パネルの奥で機械がゆっくりと起動した。重い金属音が響き、倉庫の床がわずかに震える。やがて壁の一部が横へと滑り、暗い通路が現れた。
奥から流れてくる空気は冷たく、油と金属が混ざった古い匂いがした。現在の外縁設備とは違う、もっと初期の都市設備に近い空気だった。
テラは迷わず通路へ足を踏み入れる。
内部は想像以上に広かった。天井は低いが、通路は何本にも分岐しており、壁面には古い電力ケーブルが束になって走っている。ところどころで警告灯が点滅しているが、その色は現在の都市規格とは違い、鈍い橙色だった。
老人が言っていた「旧技術群」という言葉が、ようやく実感を伴って理解できる。
ここは単なる倉庫ではない。都市がまだ整備されきる前に使われていた、基盤設備の残骸だ。
足元の金属床は場所によって腐食が進んでおり、踏み込み方を誤れば崩れる可能性もある。テラは歩幅を小さくし、壁沿いに進みながら周囲の状態を確認していく。
しばらく進むと、遠くから断続的な機械音が聞こえ始めた。規則的ではなく、時折途切れながら鳴るその音は、どこか故障した装置のようでもあった。
音の方向へ進むと、通路の先に広い設備室が現れた。床には大型の変圧装置が並び、その多くは停止しているが、いくつかはまだかすかに稼働しているようだった。
その間を縫うようにして、小型の警備ドローンが三機ほど漂っている。
旧式だが、完全に機能停止しているわけではないらしい。
テラが一歩踏み出した瞬間、ドローンのセンサーが反応した。赤い光が点灯し、ゆっくりと旋回しながらこちらへ向く。警告音が鳴り、機体下部の小型砲口が展開された。
攻撃力は高くない。しかし数が増えれば面倒になる。
テラは腰の刃を抜き、距離を詰める。最初の一機が射撃を開始した瞬間、身体をわずかにずらし、弾道を外す。そのまま踏み込み、回転する機体の側面へ刃を滑らせた。金属が裂け、ドローンは火花を散らして床へ落ちる。
残りの二機もすぐに攻撃に移るが、旧式ゆえに追従速度が遅い。テラは柱を利用して射線を切りながら接近し、二度の斬撃で処理した。
機械音だけが残る静かな空間が戻る。
テラは設備室の中央にある大型端末へ近づいた。表面の表示は完全に消えているが、背面の配線はまだ都市電力と接続されているようだ。老人から渡された端末を再び接続すると、内部ログがゆっくりと読み込まれ始めた。
画面には、古い都市整備ログが断片的に表示される。
日付は、現在の都市暦よりかなり前だ。
「外縁基盤電力網・調整ログ」
「旧設備保守計画」
「研究区画接続記録」
断片ばかりだが、ここが単なる設備ではなく、都市の初期インフラと関わっていたことは明らかだった。
しばらくログを確認した後、テラは端末を閉じる。老人の依頼内容は「旧技術の状態確認」であり、この部屋だけでも十分に報告材料になる。しかし通路の奥には、まだ未探索の区画が残っている。
戻るには早い。
そう判断し、さらに奥へ進む。
通路は次第に複雑になっていった。分岐が増え、床の傾斜も変わる。ところどころで設備の構造が新しいものへ切り替わっているのも分かった。どうやらこの区域は、何度か改修が行われているらしい。
だが奇妙なことに、ある地点を境に設備の様子が変わった。
壁材は周囲と同じ系統の合金に見えたが、表面の劣化の進み方だけがどこか揃っていなかった。
張り替えられたのか、それとも保存状態の差か。判別できるほどの違いではない。
配線も露出している部分は少ないが、端子の形状がわずかに見慣れない。
とはいえ規格違いというほど極端ではなく、単なる改修型とも考えられる。
並ぶ端末も旧設備層のものと大枠は変わらない。
だが操作面の構造が簡潔で、内部処理を前提にした設計のように思えた。
それが洗練なのか、単なる世代差なのかは分からない。
ここは旧技術群の一角のはずだ。
長い年月の中で部分的に手が入ったとしても不思議ではない。
テラは室内を見渡しながら、しばらく考える。
何かが噛み合わない感覚はある。
だが、それを異常と呼ぶには材料が足りなかった。
やがて思考を打ち切る。
都市の構造は複雑で、例外も多い。たまたま後から改修された区画なのかもしれない。
それ以上深く考えることはせず、探索を続ける。
通路の奥で、再び警備ドローンの反応があった。今度は数が多い。六機ほどが天井近くを巡回している。
テラは直接突っ込まず、しばらく動きを観察した。巡回ルートにはわずかな隙間があり、タイミングを合わせれば戦闘せずに通り抜けられる。
数秒待ち、巡回が重なった瞬間を狙う。
テラは音を立てないように床を蹴り、柱の影から影へと移動した。ドローンのセンサーは反応しないまま、視界の外を通過していく。
そのまま通路を抜けると、ようやく探索区画の終端が見えてきた。
そこには古い昇降機のシャフトがあり、上層へ続く扉は完全に封鎖されている。壁面の端末には「使用停止」の表示が残っており、現在の都市ネットワークからも切り離されているようだった。
テラは周囲を一通り確認し、記録用のログを端末に保存する。
これで今回の探索任務としては十分だろう。
帰還のため、来た通路を戻り始めた。
その途中で、ふと足が止まる。
さきほど通り過ぎた区画の壁面に、微妙な段差があることに気づいた。普通の継ぎ目に見えるが、指で触れるとわずかに振動している。
テラは数秒だけその壁を見つめたが、やがて手を放し視線を正面に戻す。
今は試験任務の最中だ。深入りする理由はない。
テラはそのまま通路を後にした。
しかしその壁の向こう側では、微弱な電源がまだ生きていた。誰にも知られていない小さな施設が、長い年月の間、静かに動き続けている。
その内部には、一つの研究室が残されていた。
そしてそこには、すでに誰もいないはずの研究者の名前が、最後のログとして保存されたままだった。
――エクセリア。
その名が、まだ誰にも知られないまま、都市の奥で眠り続けていた。




