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旧技術群①

 ギアヘイヴンの外縁は、昼間であっても完全に明るくなることはない。都市全体が巨大な多層構造で組み上げられているため、上層の建築物が空を覆い、地表に届く光は何度も金属壁やガラス面で反射された鈍いものになるからだ。そのため外縁では、昼夜の区別は空の色ではなく、輸送量や巡回ドローンの数によって判断されることが多い。


 その薄い光の中を、テラはゆっくりと歩いていた。


 向かっているのは、普段任務で訪れる区域よりもさらに外側に近い場所だった。企業の輸送路から外れ、整備用の古い通路だけが残された区画であり、監視ドローンの巡回も少なく、人の往来もほとんど見かけない。外縁の中でも利用頻度が低い場所らしく、路面の金属板には長い間補修された形跡がなく、接合部の隙間から古い配線がのぞいている。


 老人に示された場所は、この先にある。


 通路は途中から幅が狭まり、壁面の素材も徐々に変化していった。企業区域に多い滑らかな合金壁ではなく、古い鋼材を重ねて組んだ構造へ変わっていく。表面には識別番号が刻まれているが、その多くは擦り切れて読み取れなくなっており、ギアヘイヴン建設初期に使われた区画であることだけが辛うじて分かる程度だった。


 やがて通路の先に、分厚い隔壁が現れる。


 整備用の大型扉であり、外部からでも分かるほど重い構造をしている。電子ロックは残っているものの外装は古く、長い間開閉されていないことが一目で分かる状態だった。端末パネルの横には金属プレートが取り付けられており、そこにはかすれた文字で区画番号が刻まれている。


 旧整備区画 B−17


 テラはしばらくその文字を見つめたあと、老人の言葉を思い出していた。


 中枢へ行きたいなら、ここを調べてみろ。


 説明はそれだけだった。危険性についても、具体的な目的についても何も言われていない。ただ場所だけが示されていたが、それでも意味のない場所ではないことは理解できる。あの老人がわざわざ名前を出した以上、ここには何かしらの意図があるはずだった。


 テラは隔壁の横に設置された端末へ手を伸ばす。


 電源は生きていたが、通常の操作画面は表示されず、代わりに簡素な認証ウィンドウだけが浮かび上がった。


【整備回線アクセス確認】

【認証:外部】

【簡易解放プロトコル起動】


 短い処理音のあと、隔壁の内部で重い駆動音が鳴り始めた。ロック機構が順番に解除されていく低い金属音が通路に響き、やがて巨大な扉が横へ滑りながらゆっくりと開き始める。


 内部から冷たい空気が流れ出した。


 外縁の空気とは明らかに匂いが違う。油と金属の匂いに加えて、長期間閉鎖されていた空間特有の乾いた静けさが混ざっていた。


 扉が完全に開くと、内部の構造が視界に広がる。


 そこは通路ではなく、巨大な縦穴のような空間だった。


 中央には円形の昇降シャフトがあり、その周囲を取り囲むように整備用の足場が何層にも重なっている。大型機構の整備を前提に作られた設備らしく、足場の幅は広く、工具箱や配線束がそのまま残されている場所も多かった。ところどころに設置された警告灯が弱い赤色光を点滅させており、その光が暗い空間の奥までわずかに届いている。


 しかし、人の姿はない。


 動いている機械も見当たらなかった。


 完全に放棄された区画のように見える。


 テラが一歩中へ足を踏み入れると、その足音が空間の奥へ反響した。


 同時に視界の端へ通知が浮かび上がる。


【探索クエスト発生】

【旧設備層調査】

【発生条件:不明】


 テラはその表示を確認し、すぐに閉じた。通常のクエストのように報酬や難易度は記載されておらず、システム上の扱いが特殊であることがすぐに分かる。老人が関わっている以上、これは単なる探索ではなく何らかの試験に近いものだろう。


 テラは周囲を観察しながら、足場の階段へ足を向けた。


 一段降りるごとに都市の音が遠ざかっていく。外縁で常に聞こえていた輸送車両の振動やドローンの羽音は、ここまで来るとほとんど届かない。代わりに古い機械がきしむ音や、どこかで滴る水音がわずかに響いている。


 足場を二層ほど降りたところで、テラは足を止めた。


 壁面の一部が焼け焦げている。


 金属表面が溶けて黒く変色しており、自然劣化では説明できない痕跡だった。熱による変形の形状から見て、比較的新しい損傷である可能性が高い。


 つまりここで戦闘が起きている。


 テラは足場の下層を見下ろした。


 暗い空間の奥に、さらに続く整備通路が見える。その入口から、わずかに白い光が漏れていた。完全な廃区画ではない。何かが動いている可能性がある。


 テラは再び歩き出し、階段を降りて整備通路へ入る。


 通路の床には古い配線が露出したまま残されており、天井には保守灯が一定間隔で並んでいた。そのいくつかはまだ機能しており、弱い白色光が細長い影を床に落としている。


 数歩進んだところで、床に転がる物体が視界に入った。


 金属片のように見えたが、よく見ると球形のボディに細い脚部が付いている。監視ドローンに近い構造だが、外縁で見かける企業製とは形状が違う。表面の塗装はほとんど剥がれており、古い世代の機体であることが分かる。


 さらに奥へ進むと、同じ機体の残骸が増えていった。


 それらはすべて破壊されている。


 しかも偶然壊れた形ではなく、コア部分を正確に貫かれていた。切断痕や焼損痕から判断すると、かなり短時間で一方的に破壊された可能性が高い。


 誰かがここで戦った形跡だった。


 テラは残骸の一つを拾い上げ、構造を確認したあと静かに床へ戻す。そして通路の奥へ視線を向けると、そこでは光がさらに強くなっていた。


 通路の終端に近づくと、空間が突然広がる。


 小型の整備室だった。


 壁一面には古い制御盤が並び、中央には停止した大型装置が据え付けられている。その装置の前に、一体の機械が立っていた。


 人型の機体。


 しかしプレイヤーではない。


 装甲は滑らかな白銀色で構成され、関節部には細い光が流れている。背部には折り畳まれた機構翼のような構造があり、全体のシルエットは通常の機兵とは明らかに異なっていた。


 その機体がゆっくりとこちらを向く。


 視線が合った瞬間、静かな電子音が鳴った。


【識別】

【外部個体確認】

【旧技術群侵入者】


 数秒の沈黙のあと、機体の胸部コアが淡く光を強める。


【防衛プロトコル起動】


 整備室の空気がわずかに張り詰めた。


 テラは刃の位置を確認しながら呼吸を整える。ここは外縁の任務区域ではなく、企業の管理領域でもない。老人が示した場所であり、旧技術群と呼ばれる都市の古い区画だった。


 つまり、この戦闘は単なる敵排除ではなく、何かを試されている可能性が高い。


 そしてその試験は、どうやらここから始まるらしい。

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