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旧技術

 第九区画の停電から三日が経過していた。


 外縁の街は、何事もなかったかのように日常へ戻っている。崩れかけていた住宅は応急補修が施され、地下通路の入口には仮設の鉄骨支柱が組まれ、中央の中継塔も既に修復作業が始まっていた。企業の補修班は効率がよく、街の機能だけを見れば損傷の痕跡は急速に薄れていく。


 しかし、都市の内部で行われた評価処理の結果は表に出ない。


 端末に表示されるのは貢献度の数値だけで、それは任務完了の分だけ確実に増加していた。外縁での活動を始めてからの累計は、すでに五百に近づいている。条件だけを見れば中枢エリアの推薦圏内に入っていてもおかしくない数字だった。


 それでも、推薦の通知は届いていない。


 理由にはあらかた見当がついている。

 第九区画での判断が、影響しているのだろう。


 都市が何を基準にして選別しているのかは公開されていないが、外縁で長く活動していればある程度の傾向は見えてくる。単純な戦闘能力だけではなく、任務遂行中の判断、損耗の管理、住民や施設への影響など、複数の要素が記録されているらしいという話は、プレイヤーの間でも半ば常識になっていた。


 問題は、その評価が一度揺らぐと回復に時間がかかることだ。


 外縁の依頼を眺めながら、テラは次の任務を探していた。

 高難度の任務を連続で成功させれば挽回できる可能性はある。だが、外縁の依頼は都市の維持作業が中心であり、評価に直結するような案件は頻繁に出るわけではない。


 表示されているのは設備保守、物流護衛、治安維持といった日常的な依頼ばかりで、どれも危険度は中程度に収まっている。


 しばらくスクロールを続けていると、後ろから声がかかった。


「おい、狐」


 振り返ると、いつもの作業台の奥で老人が工具をいじっている。

 外縁の改造屋として知られている男で、プレイヤーの装備調整や機器修理を請け負っている人物だ。店の奥には分解されたドローンや機兵の残骸が積み上がり、油と金属の匂いが常に漂っている。


「最近、中央でやらかしたらしいな」


 老人は視線を上げることなく言った。

 作業の手は止まっていない。


「……噂が早いな」


「世の中、悪事千里を走るという言葉があるだろ?

 三時間も停電するなんて出来事があれば、誰が原因かくらいすぐ回る」


 老人はそう言ってから、やや遅れて工具を置いた。


「だが妙だ」


「何がだ」


「お前には、まだ上に行く話が残っている」


 テラは言葉の意味を理解するまで一瞬かかった。


「外縁の評価は単純じゃない。都市の機能を落とした奴は、普通なら推薦のラインから外される。少なくとも、しばらくは上へ行く話が消えるはずだ」


 老人はそこで初めてこちらを見た。


「だが、お前の推薦資格は消えていない」


「……見えるのか」


「全部じゃねぇよ。ただ、古い回線が残ってるだけだ」


 老人は肩をすくめる。


 外縁の改造屋が都市の内部ログに触れられるとは思えないが、この男の言葉には妙な説得力があった。


「資格が完全に切られていない。再計算の状態だ」


 テラは黙っていた。

 端末に表示された「再計算対象」という表示と一致する。


「理由は二つ考えられる」


 老人は指を二本立てた。


「一つは、お前の判断を評価する連中が割れている可能性だ。都市機能を守るか、目の前の人間を守るか。どちらを優先するべきかは、上の連中でも意見が分かれる」


「もう一つは?」


「お前を見ている奴がいる」


 店の奥で、冷却ファンの低い音が回っている。


「……観察ってことか」


「そういうことだ」


 老人は工具箱を閉じると、立ち上がって棚から古い端末を取り出した。表面の塗装は剥がれ、企業ロゴも削られている。


「お前、中枢に行きたいんだろ」


「そのつもりだ」


「なら、次の依頼は選べ」


 老人は端末を起動し、画面をこちらへ向けた。


 分類は設備調査。

 発生地点は外縁のさらに外側。


「これは?」


「古い設備の調査でな、誰も依頼を受けない故数年前に消えた案件だ」


「危険度は」


「分からん」


 老人はあっさり言った。


「旧技術だ」


 その言葉だけで、外縁の空気が少し変わる。


 ギアヘイヴンには、都市が完成する以前の設備がいくつも残っていると言われている。その中には発展半ばに淘汰された技術体系を持つ施設もあり扱えるものはおそらくいないだろう。


「お前なら行ける可能性がある」


「根拠は?」


「直感だ」


 老人は笑う。


「あと、少しだけ昔の知識だ」


 その言葉を聞いた瞬間、テラは違和感を覚えた。


 この男は、ただの改造屋ではない。


 外縁に暮らすNPCは多い。しかし都市の旧技術に実際に触れた者となると、ほとんど皆無に等しい。まして「昔の知識」と言い切るその語調は、単なる風聞ではなく、幾世代もの時を隔てた真実を思わせた。


「……あんた、何者だ」


 老人は一瞬だけ黙り、それから肩をすくめた。


「ただの年寄りだよ」


 そして少し間を置いて、付け足す。


「昔は都市の下で働いてただけだ」


 それ以上は何も言わない。


 端末には依頼ログが表示されたままだ。

 外縁と中枢の境界付近、旧設備調査。


 成功すれば、都市の評価ログに残る可能性は高い。

 失敗すれば、そのまま評価が固定されるかもしれない。


「受けるか?」


 老人が聞く。


 店の外では輸送ドローンが低空を通過し、街のネオンが昼間でもぼんやりと光っている。外縁の空気はいつも通りだが、選別の線は目に見えない場所で引かれている。


 テラは端末を見つめたまま、しばらく考えた。


 やがて、依頼を選択する。


 受諾の表示が画面に浮かび上がる。


 老人はそれを確認すると、小さく笑った。


「いい判断だ」


 そして作業台へ戻りながら、ぼそりと言う。


「……さて、久しぶりに都市の中身を見る奴が出るかもしれんな」


 その言葉の意味を、テラはまだ知らない。

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