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誤差

 依頼は指名形式で届いた。差報酬は標準値。しかしその横に記された評価係数だけが、不自然なほど高く設定されていた。


 単なる作業依頼ではない。


 テラは端末の表示を静かに閉じ、数秒だけ思考を巡らせる。任務内容は外縁第十一区画の避難誘導支援。暴走した建設用重機兵が高架下の生活区画へ侵入し、主要通路を塞いでいるというものだった。


 撃破、と明記はされていない。


 支援。誘導。保護。


 文面を読み終えた時点で理解できた。これは敵を倒すことが目的ではない。重機兵を止めることよりも、その背後にいる人間を守ることが優先される状況だ。効率よりも、制御と判断精度が問われる任務。


 評価係数が高い理由も、そこにある。


 現地に到着した時点で、事態は想定より進行していた。

 外縁特有の鈍い騒音が空気を震わせ、高架下の生活区画には緊張したざわめきが広がっている。簡易住居の灯りはまだ消えていない。避難が完了していない証拠だ。


 重機兵は中央通路に半身を突っ込んだ状態で暴れていた。建設用を転用した機体は、本来なら重量物を持ち上げるための特化設計。制御系統が焼き切れているのか、挙動は不規則で、反応遅延と過剰出力が交互に発生している。


 油圧駆動の唸りとともに振り下ろされる一撃は、打撃というより衝突に近い。衝撃のたびに地面が軋み、粉塵が舞い上がる。


 そして何より問題なのは、周囲の構造物だった。


 高架の支柱は老朽化している。外装のひび割れは補修されているが、内部強度は保証できない。過剰出力での破壊は、二次崩落の危険を伴う。もし支柱が一本でも折れれば、連鎖的に荷重が偏る可能性がある。


 背後の簡易住居には、まだ避難が間に合っていないNPCが残っていた。誘導班が必死に声を上げているが、通路は重機兵が塞いでいる。


 前衛のプレイヤーが正面から削る構えを見せる。火力は十分だが、全力を出せば衝撃波が支柱に伝わる。


 テラは一瞬だけ目を閉じ、状況を整理する。


 制御核を断てば終わる。最短で、確実だ。

 だが少しでも力加減を間違えるとでは支柱が持たない。核破壊の際に発生するエネルギー拡散が、構造体へどう影響するかは未知数。崩落が起これば、被害は拡大する。


 わずか数秒。だが選択としては十分な時間だった。


 直接破壊ではなく、挙動制御を乱すための干渉。関節部へ微細な干渉を重ね、駆動の位相をずらす。重機兵の腕がわずかに遅れ、振り下ろしの軌道が逸れる。


 味方が脚部を集中攻撃する。火花が散り、装甲が削れる。動きは鈍るが、止まらない。


 重機兵は駆動音をさらに高め、暴力的に腕を振り下ろす。

 地面が割れ、コンクリート片が弾け飛ぶ。衝撃が空気を震わせ、粉塵が視界を覆う。


 その破片が、避難誘導中のNPCに直撃した。


 視界の端で人影が崩れる。

 致命傷ではないと判断できる距離だった。だが、倒れたまま動かない。


 時間が一瞬だけ引き延ばされたように感じられる。


 迷いは、その瞬間に消えた。


 合理性よりも、確実性。

 誤差を許容するよりも、今この一撃を止めること。


 テラは踏み込む。

 支柱への負荷を抑えるため、制御核一点のみを狙う。余剰エネルギーを内部循環へ回し、外部拡散を抑え込む。


 刹那の閃光。


 衝撃は限定的起こった。

 制御核が断たれ、巨大な躯体が軋み、ゆっくりと崩れ落ちた。


 高架は崩れていない。

 だが、完全な無傷でもなかった。支柱の表面に新たな亀裂が走り、粉塵が静かに落ちてくる。


 戦闘は終了した。


 救護班が到着し、負傷者数名が搬送される。テラは距離を保ったまま、その様子を見ていた。

 命に別状はないという報告が入るまでの数分が、妙に長く感じられた。


 端末に任務完了の通知が表示される。


 ――任務達成

 ――評価:良

 ――追加評価加算(減衰補正あり)


 判断自体は間違っていない。支柱への負荷は未知数だった。崩落が起これば、被害は比較にならない。選択は合理的で、結果も成功の範囲内に収まっている。


 それでも。


 守り切れなかった事実は変わらない。


 補給所へ戻る途中、外縁の騒音がいつもより遠く聞こえた。


 五百を越えた直後だからこそ、その差はわずかでも意識に残る。

 選別は完璧さを要求するわけではないが、誤差を消してはくれない。


 もし最初から制御核を断てばどうなっていたのか。


 支柱は耐えただろうか。

 破片は飛ばなかったか。

 負傷者は出なかったか。


 仮定が思考の端をかすめる。

 だがそれは、起きなかった未来だ。


 選んだのは自分。

 結果もまた、自分が受け取る。


 外縁の空は低いままだった。余剰は削られ、誤差は記録され、判断は蓄積される。


 その入口に立ちかけた今、わずかな差異が重く感じられるのは当然なのかもしれない。


 その夜。


 整備区画の奥で、旧式端末に戦闘ログが再生されていた。

 老人は無言のまま、最初の数秒間を繰り返し確認している。


 破片が飛ぶ直前の判断。

 踏み込みのタイミング。

 干渉開始から核断絶までのフレーム数。


 映像を止め、老人は小さく息を吐いた。


「……悪くない」


 それは賞賛でも、慰めでもない。

 ただ事実としての評価。


 評価はまだ下さない。

 だが、ただの成功とも失敗とも言い切れないその誤差にこそ、見る価値があると理解している。


 完璧ではない。

 しかし不適格でもない。


 端末が閉じられる。


 次の段階へ進めるかどうかは、まだ決まっていなかった。

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