52話 帰還 新たな試み
霧の谷に降り立ってから、すでに一週間が過ぎていた。
あの荒れ果てていた村は、今では笑い声が戻り、畑に緑が芽吹き、子どもたちの遊ぶ声が響いている。
祠に神が戻り、小さな修道院ができ、人々の心に再び“明日”が根付き始めていた。
ケンイチは一つの決断を胸に、村長の元を訪れた。
「村長さん。俺たちは、そろそろ元の街に戻ろうと思っています」
そう口にすると、村長――まだ年若いながらも、この地を長らく支えてきた男は、ふっと笑みを浮かべた。
「ええ、そろそろかと思っていました。皆さんのおかげで村は……奇跡のような変化を遂げました」
「いえ、奇跡は……あなたたち村人の努力です。俺たちは、ちょっとした後押しをしただけで」
「……ケンイチ様。ですがひとつ、私の方からも相談が」
村長は、机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。
「小さな修道院のことですが……もしよろしければ、この村で私たちが守り、育てていきたいのです」
ケンイチは少し目を丸くしたが、すぐに笑ってうなずいた。
「……いいのですか?」
「もちろん、勝手に拡張したり、変な教えを入れるつもりはありません。セラフィーナ様や三姉妹の教えを元に、ここに残された子どもたちを守る場所として――」
村長の言葉に、ケンイチは深く頷いた。
「この村にとって、“帰る場所”が必要だもんな」
「はい。そして、それは――“灯火”のような存在だと思っています。夜が来ても、恐れずにすむように」
その言葉に、セラフィーナも隣でほほえんだ。
「この村の未来、きっと明るいものになります」
「そうなると信じてます」
三姉妹もそれぞれ頷き、子どもたちの元へと歩いていく。
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その日の午後。
村を離れる前、ケンイチは修道院の小さな鐘をひとつ、そっと鳴らした。
「……また来るよ。きっと」
振り返れば、村人たちが総出で手を振っていた。
あの日、笑顔もなかった村に――いまは、光が満ちていた。
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王の依頼を果たし、霧の谷の問題に大きな一石を投じたケンイチたちは――久しぶりに国へと帰ってきていた。
門をくぐったその瞬間、懐かしい香りと、どこか穏やかな賑わいが全身を包み込む。
「……戻ってきたなぁ、我が家って感じだ」
そう呟いたケンイチの言葉に、セラフィーナも三姉妹もミコもどこか安堵の表情を浮かべていた。
修道院には、あの子どもたちの明るい声が響き、
酒屋では、馴染みの客たちが店先で笑い合っていた。
「ケンイチさーん! 留守の間もちゃんとやってましたよー!」
「新作の甘酒、売れまくってます!」
店番をしていた若い見習いが元気よく報告してくれる。
造酒も、在庫管理も、販売も――
ケンイチが不在でも滞りなく回っていた。
それは、何よりも嬉しい成長だった。
「……うん、すごくいい。みんなよく頑張ったな」
ひと息ついたケンイチは、ふと呟いた。
「でもさ、酒がこれだけ美味いなら、肴も欲しくなるよなぁ」
三姉妹が顔を見合わせる。
「つまり、次は……料理?」
「やるのか? 院長が?」
「ふふ、楽しそうなの」
「いや、俺だけじゃなくて、みんなで作ろうぜ。ほら、せっかくだし――試食もできるしな?」
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さっそく台所に集まり、マジックボックスから取り出されたのは、干し肉、塩、香草、そしていくつかの保存野菜。
「まずは定番。スパイスの効いた干し肉を炙って……胡椒とナッツを振ってみるか」
「私は、味噌漬けした豆腐を薄く切ってみます。酒に合いますよ」
とセラフィーナ。
「燻製のチーズ風? 前にやった乳の発酵を応用して……」とエスメラルダ。
「私は……甘いの。蜜漬け果物なの!」フェリシアが嬉しそうに果実を並べる。
ベアトリーチェは黙々と鶏肉をハーブで煮込みながら、
「酒を選ばせる肴だな……よし、勝負だ」などとつぶやいている。
台所は、酒宴の前のような活気に満ちていた。
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夕方。完成した“肴プレート”を囲み、ケンイチは一口、甘酒をすすりながら、炙った干し肉を齧った。
「……うまいな、これ」
「うん、合う。ちゃんと合ってる」
「……これを商品化して、つまみセットとして出すのはどうだ?」
「良いと思います。旅人たちにも人気が出そうですね」
その夜。
修道院の食卓には、酒と肴、笑顔と笑い声が並び、つまみセットの案を出し合う場となっていた。




