49話封印
封印された祠を後にし、一行は村へと戻ってきた。
空気は依然として重く、村人たちの顔に笑顔はない。
だが、彼らは少しずつ口を開き始めていた。
ケンイチとミコ、三姉妹、そしてセラフィーナは村人たちから話を聞いてまわった。
やがて、いくつかの証言が浮かび上がってきた。
「昔、この谷に魔物が溢れたとき、ひとりの勇者様がやってきたんだよ」
「その方が祠を作ってくれてな、霧もすーっと晴れて、魔物も退いたんだ」
「勇者様の名前かい? 確か、ブエル様……だったかねぇ」
その名を聞いたとき――ミコはピクリと眉を動かした。
そして、誰にも気づかれぬように静かに目を見開いていた。
それを見逃さなかったケンイチは、人気のない場所にミコを呼び寄せた。
「ミコ、さっきから気になってたが……ブエルって、何か知ってるのか?」
ミコはしばらく口を閉ざしていた。
だが、やがて静かに語り出した。
「“ブエル”という名前は……確かに、古の記録に“勇者”としても残されています。
ですが……本当の正体は――“序列第十位”の高位悪魔。魔界の知恵を司る存在です」
「悪魔……?」
セラフィーナが険しい表情で呟いた。
「ええ……ブエルは一見、善にも似た行動を取ることで知られています。
人に知恵や技術を与え、時に助けるような姿を見せるのです。でも――」
「裏があるってことか」
「はい。目的は不明ですが、彼が“神を封じる”力を持っていたとしても不思議ではありません」
ケンイチは顎に手を当て、黙考する。
「つまり……この谷を救った“勇者”ってのは、実は悪魔ブエルだったって可能性があるわけか」
「神の封印の術式……そして、霧という形で魔力が漏れ出している現象。
これは、神の封印と悪魔の仕業が結びついている証拠です」
「でも、それならなぜ村人たちは悪化に気づかなかったんだ?」とフェリシア。
「“救われた”という事実だけが語り継がれ、真実は隠されたのでしょう。
ブエルは“救い”の顔を被り、封印と引き換えにこの土地を“静かに蝕んでいた”のです」
ケンイチは深く息を吐いた。
「このまま放っておけば……村は、ゆっくりと滅ぶ」
「私たちで、真実を暴かねばなりません。そして……本当の守護神を解放するのです」
ミコの瞳は揺るがぬ決意に満ちていた。
⸻
「……封印を解く手段、どこかにないか?」
ケンイチたちは霧の谷の村に戻ると、古文書や祠の周囲を調べ尽くした。
セラフィーナは魔術の痕跡を探し、ミコは神の痕跡に意識を集中させていた。
三姉妹も周囲の地形や隠し扉を探し回ったが――成果はなかった。
日が傾き始める頃、再び祠の前に立ち尽くす一行。
封印された扉は冷たい石で閉ざされ、複雑な文様が淡く光を放っていた。
まるで近づくことを拒むような、厳粛な気配が漂っている。
「やっぱりダメだな……痕跡も見つからない」とケンイチは溜息をついた。
その時だった。
ケンイチの手に握られていた、小さなガラスの瓶。
それは修道院で作ったばかりの清酒――旅の途中、冷やして持ってきていた一本だった。
「……神様が封じられてるんだよな……」
ぽつりと呟いたケンイチは、なぜか祠の扉に視線を向けながら、小瓶を振った。
冷たい酒の音がカランと鳴る。
――そのとき、何かが“ひらめく”ような感覚が走った。
「……?」
自分でも説明できない感情のまま――
無意識に、ケンイチはその小瓶を祠に向かって投げた。
「あっ――」
気づいた時にはもう遅く、小瓶は弧を描いて宙を舞う。
ガシャァン――!
ガラスの割れる音と同時に、清酒が封印の石扉に降りかかった。
瞬間――
「――ッ!」
封印の文様がまばゆい光を放ち始めた。
石の扉全体が金色に輝き、空気が震え、地面が揺れた。
「う、うそ…!?」セラフィーナが驚愕の声を上げる。
ミコは目を見開いたまま、胸元で祈るように手を合わせていた。
「……聖なる清め……神の氣を持つ清酒……まさか……それが鍵……だったなんて」
封印の文様は音もなく崩れ落ち、まるで霧が晴れるように光が消えていく。
重厚な石の扉が、ゆっくりと開かれていく。
その奥には――
光に包まれた小さな神像と、澄んだ水の湧き出す泉。
そして、温かく柔らかな神気が流れ出し、周囲の霧を少しずつ押し返していく。
「これは……」
「神は――まだ、生きておられる」
ミコの声が震えていた。
「ケンイチさま……あなたの造る酒は、本当に……神に届くのですね」
祠の中から、そっと風が吹き出した。
それはまるで、長い眠りから目覚めた神が「ありがとう」と微笑んでいるかのようだった。




