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48話霧の病

霧を抜けた先に、ぽつりと村が現れた。

山に囲まれた小さな盆地。木造の家々が並んでいるが、そのどれもがくすんだ色をしていて、人の気配もまばらだ。


「……静かだな」

ケンイチが足を止め、眉をひそめる。


「子供の声もしない。畑も手入れされてない……病か、それとも別の問題か」

セラフィーナが荒れた畑に目を向けながら言った。


枯れかけた野菜。つる草が絡まる畝。

かつて人々が手をかけたはずの土地が、今は放置されたままだ。


「お客人かい?」

背後から年老いた声がかかった。


振り向くと、杖をついた老人が立っていた。

痩せ細り、くぼんだ目に深い疲れがにじんでいる。

彼こそ、この村の村長だった。


「俺たちは王の命を受けてここに来た。最近この村に異変があると聞いたが……」

ケンイチが丁寧に名乗ると、村長は深くうなずいた。


「……そうか、ようやく来てくれたか。

実は、ここ半年ほど前から村に”病”が広がり始めてな。最初は咳と微熱からだった……だが、次第に体が動かなくなり、ついには寝たきりになる者も出てきた」


「医者には診せたのか?」

「何人か来たが、原因はわからずじまいじゃ。薬も効かん……」


村長の手が震えていた。


「食べ物はどうしてるの? 栄養が不足してるのかも」

エスメラルダがたずねると、村長は小さく首を振る。


「畑はもう、まともに作物が育たんのじゃ……霧が出てからというもの、日がほとんど差さん。麦も根が腐ってしまう」


「霧……」

ミコが小さくつぶやき、ケンイチの方を見た。


「この霧、ただの自然現象じゃない可能性があるな。魔力の匂いがする」

ケンイチも頷いた。


「とりあえず、病人を見せてほしい。あと、霧が出始めた場所や時期、心当たりがあれば全部教えてくれ」


村長はゆっくりうなずいた。

「……分かった。案内しよう。村のためじゃ、何でも話す」


ケンイチたちは村長のあとを追い、村の中心へと歩を進めた。




「……霧の病、ですね」

ミコは病人を診たあと、皆を静かな場所に集めてそう告げた。


「名前をつけたのか?」

ベアトリーチェが腕を組んで言った。


「ええ、今のところ仮称だけど……あの霧、ただの自然現象ではありません」

ミコの声は真剣だった。


「空気の中に微細な魔素の流れがあるの。私たちが使う“魔力”をわずかずつ吸い取っているような感じ……それが長く続くと、体に影響が出るわ」


「だから体がだるくなり、力が入らなくなるのか」

ケンイチは顎に手を当てながら言った。


「しかも魔力に依存する人ほど進行が早いようです。この村の人々にはもともと微弱な魔力がある。だけど霧に触れ続けることで、日々“少しずつ”削られていくの……」


「……つまり、時間をかけて村ごと干からびさせようとしてるってこと?」

セラフィーナの声には怒りがにじんでいた。


「村長には?」

フェリシアが小声で聞くと、ミコは首を横に振った。


「……言っていません。余計な不安を与えるだけです。解決策が見えてから話します」


ケンイチは静かにうなずいた。

「どうにかするさ。時間がかかってもな」


彼は地図を広げ、村の周辺を確認する。

「この霧の中心は村の南にある森……たぶん、そこに“源”がある」


「やっぱり祠とか封印の場所かな」

ベアトリーチェが唸る。


「うん、そこから何かが漏れ出しているか、呼び寄せている可能性がある」

ミコは静かに立ち上がった。


「一つ、覚悟しておいて。これ、自然に消えることはない。浄化には“時間”が必要。

でも、源を断ち切れば、村の魔力を奪う速度はぐっと下がるわ」


「……よし、まずはそこだな」



霧の濃い森を抜けると、急に空気が重たくなった。


まるで見えない何かに圧し掛かられているような、不快な圧力。


木々の間を抜けると、そこに小さな――だが荘厳な気配を纏う“祠”が姿を現した。


「……ここだ」

ケンイチは足を止め、祠の前に立つ。


祠の扉は石で封じられていた。


その中央には、古い文字が刻まれた札が貼られている。


見る者に“入るな”と語りかけるような、強い封印の力。


「……これは、ただの封印じゃない」

ミコが一歩、祠に近づいた。


そしてその札を見た瞬間、目を見開いた。


「――これは……神封じの術式」

ミコの顔が強張り、怒りを滲ませる。


「どういうこと?」


「これは……神を“封じ込める”ための封印です」

ミコは拳を握りしめる。

「なぜ……なぜ神が、こんなところで閉じ込められているのですか!?」


風がざわめく。

祠のまわりの空気が微かに震えた。


「この神は“この土地”を守るためにいたはずです。それを……人間が恐れ、あるいは忌み、封印した……」


「けど、神を封じた結果、守るものがいなくなって瘴気が溢れた……ってことか」

ケンイチが祠を見ながら言った。


「その可能性は高いわ」

ミコは真剣な表情で言った。


「神は、完全に目覚めてはいない。でも、封印のせいで力を行使できず、霧に蝕まれている……」


「つまり……この神を解放すれば、瘴気の拡散を止められる?」

ベアトリーチェが問いかける。


「危険もある。けれど、このままでは村は……ゆっくりと死んでいく」


「決断の時だな」

ケンイチは静かに祠へと近づく。


「まずは、この封印の意味をしっかり調べよう。無闇に解けば、かえって危険だ」


「ええ、神が本当にこの土地の守護であれば、きっと私たちの問いに応えてくれる」

ミコは目を閉じ、祠の前で祈りを捧げた。


風の中、かすかに“声”が聞こえたような気がした。


――我を……忘れたる、子らよ……

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