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小説家になりたい〜出版確約をかけた、作家同士の表現で戦う2週間〜  作者: 東の雲


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6/11

二人の編集会議

「お腹、ちゃんとすくんやな」


「すくな」


「仮想空間やのに、カップ麺もちゃんとカップ麺の味するし」


「俺も、そこは不思議だった」


 葵は笑いながら、空になった容器をテーブルの端に寄せた。


「じゃあ、始めよか。お互いの作品を読んで、気づいたことは全部言う。遠慮なしで」


「……分かった」


 ブースは思ったより狭くて、肩が触れそうになる。朔人は少し体をずらして、パソコンに向き直った。


(これは仕事だ、仕事)


 『小説家になりたい』の検索窓に、葵の作品のタイトルを打ち込む。


 作品ページが開いた。


 『異世界でがんばる少女のおはなし』


 話数は、48。


 その下に、数字が並んでいる。


 総PV 200 ブックマーク 0 評価 0


(48話で、200……)


 朔人は、頭の中で計算した。一話あたり、4PVちょっとだ。


(毎日書いて、毎日ほとんど誰にも読まれないまま、48話まで続けたのか)


 普通なら、十話あたりで心が折れる。それでも、葵は書き続けた。ある意味、すごい数字だ。


 第1話を開く。


 画面が、真っ黒になった。


 改行がほとんどない。文字がぎっしり詰まっている。冒頭は、「この世界は、遠い昔、五つの国に分かれていた」から始まる、世界の歴史の説明だった。


(……主人公は、いつ出てくるんだ)


 スクロールしても、スクロールしても、歴史が続く。千字を超えたあたりで、ようやく少女の名前が出てきた。


(これは、第1話で離脱されるな)


 朔人は、少し迷ってから、読み進める先を第20話に飛ばした。


 咳の止まらない老人に、少女が薬草茶を淹れる場面だった。


 読み進めるうちに、手が止まった。


『「ありがとう」と言われるたびに、畑の土が少しだけ温かくなる気がした。』


(……いい文章だ)


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。派手な比喩は、ひとつもない。それなのに、情景が目に浮かんだ。


(こんな話が、誰にも読まれていないのか)


 悔しさに似た気持ちが、込み上げてきた。


 隣では、葵が真剣な顔で画面を見つめていた。時折、眉を寄せ、時折、小さく笑う。


 二人が読み終えたのは、一時間後だった。


 *


「じゃあ、朔人くんから、お願い」


「ああ」


 朔人は、少し緊張しながら口を開いた。


「まず、第20話。あの『ありがとうと言われるたびに、畑の土が少しだけ温かくなる気がした』って一文。あれ、すごく好きだ」


 葵の動きが、止まった。


「……ほんま?」


「ああ。派手な言葉は使ってないのに、ちゃんと情景が見える。読んでて、胸が温かくなった」


「あ、ありがとう」


 葵は耳まで赤くして、うつむいた。


「でも、正直に言う。第1話は、読むのがきつかった」


「やっぱり」


 葵は、がくりと肩を落とした。


「まず、画面が真っ黒だ。改行がなくて、文字がぎっしり詰まってる」


「小説やから、そういうもんかなって」


「このサイトは、スマホで読む人が多いんだ。文字が詰まってると、それだけで閉じられる」


 葵は、目を丸くした。


「そうなん? 一文ごとに改行しても、ええの?」


「いい。読まれない小説より、読まれる小説のほうがいいだろ」


 葵は少し迷ってから、第1話の編集画面を開いた。


「それと、冒頭の世界の説明。千字以上あって、主人公が出てくるまでが長い」


「でも、世界観を先に書いとかんと、読む人が分からへんと思って……」


「その気持ちは分かる。でも、それは第5話くらいでいい」


 朔人は、きっぱり言った。


「最初は、主人公を好きになってもらうのが先だ。歴史は、あとから少しずつ見せればいい」


 葵は、しばらく画面を睨んでいた。それから、思い切ったように、冒頭の歴史説明の段落を、まるごと切り取った。


「……消した」


「消さなくていい。第5話あたりに回そう」


「そっか」


 葵は切り取った文章を、別のメモに貼りつけた。


「じゃあ、最初の一行は、どうしたらええと思う?」


「主人公の、普段の動きから始めよう。朝起きて、何をしてる?」


「えっと、畑に水をやってる。薬草畑」


「それだ。そこから書き出そう」


 葵は、キーボードに指を置いた。


 しばらく考えてから、打ち込む。


『朝いちばんの仕事は、薬草畑の水やりだ。』


「いいな。名前は、最初に出したほうがいい。主人公の名前、なんだっけ」


「ミナ」


「じゃあ、その次に」


 葵は、続きを書いた。


『少女ミナは、まだ冷たい井戸水を桶にくんだ。』


「……すごい」


 葵は、自分の書いた二行を見つめた。


「たった二行やのに、ちゃんと始まってる感じする」


「ああ。ここなら、読み始めて、すぐに情景に入れる」


 改行を入れ直していくと、ぎっしり黒かった画面が、ふっと白くなった。


「うわ、読みやすなった」


「だろ」


 朔人は、画面をスクロールしながら、もうひとつ気になっていたことを口にした。


「それと、誤字や脱字が、ところどころにあった。『薬草』が『薬早』になってたり」


「え、ほんま? 全然気づかんかった」


「自分で書いた文章は、何度読み返しても、目が勝手に直して読んじゃうんだ」


 朔人は、少し間を置いてから、尋ねた。


「葵は、AIとか使って、チェックしたり、編集したりはしなかったのか?」


 葵の手が、止まった。


「……使ってへん」


「なんで? 誤字のチェックだけでも、かなり楽になるだろ」


「なんかな、ズルしてるみたいな気がするんよ」


 葵は、膝の上で、指を組んだ。


「AIが直した文章って、もう、私の作品やない気がして。自分で書いたはずやのに、どこまでが自分の言葉なんか、分からんようになりそうで」


「うん、なんか分かる気はするな」


「それに、コンテストに出すとき、AIを使ってたら応募できへんようになることもあるやん。あとで引っかかったら、嫌やし」


 朔人は、すぐには反論しなかった。


 葵の言い分には、筋が通っている。特に、コンテストの話は、現実的な問題だった。


「規約のことは、その通りだと思う。応募する前に、必ず確認したほうがいい。コンテストによって、AIの決まりは違うから」


「うん」


「でも、今は、少なからず、みんな使ってると思う。全部を任せるんじゃなくて、誤字や脱字のチェックくらいはな」


「……そうなん?」


「たぶん。きっと、使ってる人のほうが多い」


 朔人は、画面の『薬早』という文字を指差した。


「それに、誤字脱字だらけで読みにくい話より、読者が読みやすい話のほうが、絶対にいいと思う。読む人は、どうやって書かれたかより、読んでどう感じたかのほうを、覚えてるはずだ」


「……」


「辞書で漢字を調べるのも、変換機能に頼るのも、誰かに読んでもらって、間違いを教えてもらうのも、全部、何かに頼ってるってことだろ。AIが、そこに加わるだけだ」


 朔人は、少し考えてから、続けた。


「第20話の、あの一文は、葵が書いた。誰に誤字を直してもらっても、あの言葉は、葵の言葉のままだ」


 葵は、しばらく黙っていた。


 それから、小さく息を吐いた。


「……頼れるものに頼るのは、悪くない、ってことやな」


「俺は、そう思う。他の作家や編集者がどう思ってるかは、分からないけど」


「誤字を見つけてもらうだけやったら、辞書みたいなもんなんかな」


「そうだと思う。直すかどうかを決めるのは、最後は葵だ」


「……ちょっと、試してみてもええかも」


 葵は、迷いながらも、顔を上げた。


「コンテストの規約は、ちゃんと読んでからにする。使うとしても、誤字のチェックだけな」


「それでいい」


 朔人は、うなずいた。


 次は、タイトルとあらすじだ。


「あらすじは、これか」


 朔人は、作品ページの紹介文を指差した。


『異世界の小さな村での物語です。』


「一行だけだな」


「それ以上、何を書いたらええか分からんくて」


「誰が、何をする話なのか。何が面白いのか。それが分かればいい」


 二人で、あれこれ言い合いながら、言葉を組み立てていった。


『小さな村で、薬草を育てる少女ミナ。』

『魔法も使えず、冒険にも出ないけれど、彼女の育てた薬草は、不思議と村の人たちを元気にしていく。』

『これは、土と草と、村人たちとの、あたたかな毎日の物語。』


 完成した三行を、葵は何度も読み返した。


「……ちゃんと、私の話や」


「ああ。いい紹介文だ」


「タイトルは、どうしよう。今のままでも、あかんのかな」


「悪くはないけど、何の話か分からない。『薬草』と『スローライフ』は、絶対に入れたい」


「スローライフ?」


「冒険に出ない、のんびりした暮らしの話だろ。このサイトは、そういう話を探してる人が多い」


 葵は、目を丸くした。


「私の話、そう呼ぶんや……」


 朔人は、いくつか案を出した。葵は、そのたびに首をひねった。


「『薬草畑の少女は、今日も村を元気にする』は?」


「ちょっと説明っぽいなぁ」


「じゃあ、『薬草畑のスローライフ〜育てた草で村が元気になりました〜』」


「……長ない?」


「このサイトの人気作は、だいたい長い」


 葵は、噴き出した。


「ほんまに?」


「ほんとだ」


 しばらく笑ってから、葵は、タイトル欄に、その長い文字列を打ち込んだ。


『薬草畑のスローライフ〜育てた草で村が元気になりました〜』


「……こうして見ると、ええな」


 葵は、嬉しそうに画面を眺めた。


 朔人は、活動報告のページを開いて、画面の隅の、小さなボタンに目を向けた。


「葵、活動報告のページに、特別なボタンがあっただろ。SNSに投稿できるやつ」


「あ、あれな。一日一回しか使えへんやつ」


 葵は、気まずそうに視線を逸らした。


「何を書いたらええか分からんくて、一回も押してへん。フォロワーも、十人もおらんし」


「俺も、似たようなもんだ」


 朔人は、苦笑した。


「二日目に、一回だけ使った。『最新話を更新しました。仮想空間で、毎日書いています』って書いたら、検閲で弾かれた」


「え」


「プログラムの内容は、書いちゃいけないんだ。しかも、弾かれたら、その日の投稿の権利も、消える」


「うわ、きつ……」


「一日に一回のチャンスを、無駄にしたんだ」


 朔人は、画面を見つめた。


「この枠は、うまく使えば、強い宣伝になる。……考えよう」


 二人は、それぞれの作品のための投稿文を、考え始めた。


「140字の中に、何の話かと、読みたくなる理由を入れるんだ」


 朔人は、ざっと、打ち込んだ。


『薬草畑で暮らす少女ミナの話を書いています。魔法も冒険もないけれど、育てた草で、村の人たちが少しずつ元気になっていきます。ゆっくり読みたい夜に。』


「……ええな。私の話が、ちゃんと、読みたくなる話に見える」


「何が起きるかより、どんな気持ちになれるかを書いたほうがいいと思う。のんびりした話は、特に」


 葵が、朔人の画面を、覗き込んだ。


「朔人くんのは?」


「俺のは、これだ」


 朔人は、別の文面を打った。


『パーティーを追放された荷物持ちの話を書いています。彼が運んでいたのは、荷物だけじゃなかった。』


「それ、ええ! 続き読みたなる!」


「戦いやプログラムのことは、絶対に書かない。それだけ守れば、いい」


 *


「じゃあ、次は私の番やね」


 葵は、朔人の方に体を向けた。


「まず、タイトルは今っぽくてええと思う。そこは強いわ」


「そうか」


「でも、他は、ちょっと厳しいこと言うで」


「……どうぞ」


 朔人は、覚悟を決めて背筋を伸ばした。


「第1話の追放シーン。『燃えるような怒りが、彼の胸を満たした』って、あるやん」


「ああ」


「その『燃えるような怒り』って、何に怒ってるん? 追放されたこと? それとも、勇者のこと?」


 朔人は、言葉に詰まった。


 何に、怒ったのか。


 考えてみると、怒りというより、別の何かだった気がする。


「……怒ってなかったかもしれない」


「やろ?」


「ずっと、役に立ってると思ってた。それが全部、いらないって言われて。怒るというより、なんというか……空っぽになった」


「それ、そのまま書いたらええのに」


 葵は、朔人の顔を覗き込んだ。


「燃えるような、って言葉でごまかさんと、朔人くんが感じたことを、そのまま書いてみたら?」


 朔人は、第1話の編集画面を開いた。


『燃えるような怒りが、彼の胸を満たした。』


 その行を、消した。


 しばらく考えてから、打ち込む。


『ずっと背負ってきた荷物の重さだけが、今になって、肩に食い込んできた。』


 葵が、息を呑んだ。


「それや」


「……これで、いいのか」


「ええに決まってるやん。怒ってるより、よっぽど痛いわ」


 朔人は、胸が熱くなった。


「それと、もうひとつ」


 葵は、指を三本立てた。


「第13話だけで、『燃えるような』が三回出てくる」


「……知ってる。昨日、気づいた」


「気づいてるだけ偉いわ」


 葵は笑った。


「たとえば、この『燃えるような瞳で、彼は敵を見据えた』。これ、比喩をやめて、行動で書いたらどう?」


「行動で?」


「敵を見据えてるって、具体的にどういう状態なん?」


 朔人は、少し考えた。


『彼は、敵の足元から目を離さなかった。』


「……こんな感じか」


「ええやん。比喩が少ないほうが、かえって強く見えるときもあるな」


 朔人は、思わず苦笑した。


(まさに、戦いと同じだな)


 そして、葵の最後の指摘は、いちばん痛かった。


「あとな、第12話まで、主人公の何がすごいのか、全然分からんかった。私やったら、5話あたりで読むのやめてたかも」


「ぐ……」


 朔人は、胸を押さえた。


「覚醒が、遅いのか」


「覚醒までを、ただ待たされてる感じがするんよ。せめて、第1話から『この人、何かあるな』って思わせてほしい」


「……何か、あるな、か」


 朔人は、考え込んだ。


 荷物持ち。パーティーで、一番地味な役割。でも、本当は、ずっと何かが違っていた。


 第1話の冒頭に、一文を足した。


『彼が運ぶ荷物は、なぜか一度も壊れたことがない。勇者たちは、それを当たり前のことだと思っていた。』


「これ、ええやん」


 葵は、身を乗り出した。


「読んでる側は、『この人、何かあるな』って思うやん。でも、まだ何かは分からへん。続き、読みたなるわ」


「……なるほど」


 朔人は、小さく息を吐いた。


 自分では、読者の気持ちが分からなかった。でも、他の人の目を通すと、驚くほど簡単に見えてくる。


 *


 修正を終えたのは、昼を少し過ぎたころだった。


 パソコンの時計は、13:20を指している。


「なあ、朔人くん」


 葵が、ふと思いついたように言った。


「これ、お互いに評価しといたら、HPが上がるやん」


「……それ、ズルにならないか」


「読んで、本当にええと思った分だけつけたら、ええやん。ほんまの評価やもん」


 朔人は、少し考えてから、頷いた。


「確かに。嘘の点数をつけるわけじゃない」


 朔人は、葵の作品に、評価の星を五つつけた。ブックマークも押した。


「五つも?」


「第20話と、この新しい冒頭が、それだけよかった」


 葵は、朔人の作品に、星を四つつけた。ブックマークも押した。


「四つ?」


「覚醒の話をちゃんと直したら、五つにするわ」


「……厳しいな」


「作家やもん」


 その瞬間、視界の左上の数字が、動いた。


 葵の頭上の数字が、変わる。


 HP 20/20 → 50/50


 朔人の数字も、静かに動いた。


 HP 223/223 → 248/248


「30も増えた!」


「25だ、俺は」


「ええやん、増えたんやから」


 葵は、子供のように笑った。


 それから、修正した第1話を、二人でそれぞれ投稿した。


 葵の作品ページの数字が、ほんの少しだけ動いた。


 総PV 203


「あっ、増えた! 3も!」


「たった3だぞ」


「たった3でも、いままでは、ずっと0やったもん」


 それから、二人は、それぞれの活動報告のページを開いて、特別ボタンを押した。


 画面に、小さな表示が出る。


『投稿を受け付けました。運営の確認後、公開されます。』


「……あとは、待つだけやな」


「ああ。反応は、見られない。PVが動くのを、待つしかない」


 葵は、画面を食い入るように見つめた。


 その横顔を見ながら、朔人は思った。


 言葉を直すこと。誰かに読まれる言葉を、探すこと。それは、ここでは、そのまま戦いと同じだ。


(自分の言葉で、戦う)


 朔人は、冷めたコーヒーを一口飲んだ。


 窓の外では、午後の光が、誰もいない新宿の街を照らしていた。


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