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小説家になりたい〜出版確約をかけた、作家同士の表現で戦う2週間〜  作者: 東の雲


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5/11

HP20の降参

 朔人は新宿中央公園の噴水の前で、足を止めた。


 ネットカフェを出てから、一時間ほど街を歩いていた。人影のない新宿では、いつ曲がり角から誰が飛び出してきてもおかしくない。


(自分の言葉で戦う)


 メモ帳に打ち込んだ決意を、頭の中で繰り返す。


 噴水のそばに、人が立っていた。


 長い髪をひとつに結んだ、同年代くらいの女性だ。こちらに気づくなり、びくりと肩を震わせる。


 朔人は反射的に身構え、口を開いた。


「——ロゴ…」


「ちょっと待って! 降参、降参します!」


 女性は両手を、思いきり頭の上に挙げた。


「……は?」


「私、戦う気ないねん。ほら、私のHP見て」


 朔人は、開きかけた口を閉じた。


 女性の頭上に、数字が浮かんでいる。


 HP 20/20


「……20?」


「うん、20。笑ってもええよ」


 女性は両手を挙げたまま、情けなさそうに笑った。


「PVが200しかないの。ブクマも評価もゼロ」


 朔人は構えを解いた。HP20。自分の十分の一ほどだ。ひと振り殴れば、消えてしまう。


「私、葵です。大阪から来ました」


「……朔人」


 つられて名乗ってしまった。


「朔人くんね。なあ朔人くん、お願いやから、放っといてくれへん?」


 葵は両手を下ろして、噴水の縁に腰かけた。


「二週間生き残ったらええんやろ? 私みたいな雑魚、倒したところで何の得にもならへんし。隠れて、やり過ごすつもりやねん」


(……確かに)


 朔人は、はっとした。


 このイベントは、全員を倒す必要はない。二週間、HPを0にされずに生き残れば、それでいい。出会った相手を片っ端から倒す義務なんて、どこにもない。


(なんで、倒さなきゃいけないと思い込んでたんだ)


 朔人は、少し離れた縁に腰を下ろした。


「あんた、投稿してどれくらいなんだ」


「三週間くらいかな」


 葵は足元の小石を、つま先で転がした。


「毎日投稿してるんよ。毎日やで? それやのに、PVが全然増えへんの。ブクマも評価も、ずっとゼロ。タイトルが悪いんか、内容が悪いんか、それすら分からんくて」


 声は明るかった。けれど、膝の上で握った手が、白くなっている。


「どこを直したらええんか、教えてくれる人もおらんし。読まれへんかったら、直しようもないやん」


 胸の奥が、きゅっと縮んだ。


 痛いほど、分かる。


 今朝、ネットカフェで確認した数字を思い出した。昨日の同じ時間より、PVが減っていた。ブックマークも、評価も、ひとつも増えていなかった。


 画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。展開が悪いのか。文章が悪いのか。そもそも、自分には向いていないのか。


 答えのない問いが、頭の中をぐるぐる回って、結局、何も書けないままネットカフェを出てきたのだ。


「……分かるよ」


 気づけば、口からこぼれていた。


「俺も、今朝、数字が減ってた」


 葵が、顔を上げた。


「ほんま? 朔人くんも?」


「ああ」


 二人は顔を見合わせた。なんとなく、同時に、ため息をついた。


「……なあ、よかったら、作品のタイトルを教えてくれないか」


「ええけど、笑わんといてよ」


 葵は少し照れくさそうに言った。


「『異世界でがんばる少女のおはなし』」


(……)


 朔人は、反応に困った。


 悪いタイトルではない。悪くはないのだが、何の話なのか、さっぱり想像がつかない。ジャンルも、設定も、ひとつも見えてこない。


(これじゃ、クリックされないだろうな)


「いま、地味やなって思たやろ」


「……思ってない」


「顔に出てるって」


 葵は笑った。それから、少し黙って、ぽつりと続けた。


「でもね、中身はほんまに好きなんよ」


 葵の目が、変わった。


「異世界の小さな村でね、薬草を育てる女の子の話なの。魔法も使えへんし、冒険もせえへん。でも、その子が育てた薬草で、村の人らがちょっとずつ元気になっていくんよ。私、その子のこと、ずっと書いていたいの」


 言葉が止まらなくなっている。目は、まっすぐに輝いていた。


(……ああ、この人は)


 タイトルは、地味かもしれない。PVも、200しかない。


 でも、自分の書いた小説を誰よりも愛する気持ちは本物だ。


 自分と、同じだ。


「なあ、朔人くん」


 葵が、急に身を乗り出した。


「私と、組まへん?」


「……共闘ってことか?」


「うん。一緒に戦ったらあかんってルール、なかったやんな?」


「それは、そうだけど」


「それにさ」


 葵は、ぴしっと人差し指を立てた。


「作品を良くするには、他の人の意見が、絶対いると思うんよ。一人で悩んでても、結局あかんかったやん。お互い読み合って、意見を言い合ったらええと思わへん?」


 あまりにも正論で、朔人は言葉に詰まった。


 ルールには、禁止されていない。そして、一人で数字を睨んでいるだけでは、何も変わらなかった。


「……最優秀者は、一人だけだぞ」


「分かってる」


 葵は、あっさりと頷いた。


「その時はその時やん。まずは、二週間生き残らなあかんし」


 少しの沈黙のあと、朔人は、小さく息を吐いた。


「……分かった。組もう」


「ほんま? やった!」


 葵が、勢いよく手を差し出した。朔人は、その手を握った。


 *


「じゃあ、さっそく作戦会議しよか」


 葵は噴水の縁に座り直し、指を一本立てた。


「まず基本のおさらいね。朔人くん、昨日も戦ったやろ? 何か気づいたことある?」


「……使える言葉が、どんどん減ってる」


「そう。ここで大事なのが、武器の名前と、炎とか氷とかの言葉なんよ」


「武器と、炎や氷?」


「たとえば『炎の剣』って言うたら、『炎』と『剣』、両方が使い切りになるんよ。だから、次に『氷の剣』って言っても、剣はもう使えへんから発動せえへん。『炎の槍』って言っても、今度は炎が使えへんから、これも発動せえへん」


 朔人は、目を見開いた。


「武器だけじゃなくて、炎も、二回目は出ないのか」


「そう。炎のことを言いたいなら、別の言葉に言い換えなあかんの。獄炎とか、業火とかね。紅蓮とか煉獄は、もう誰かに使われてしもたけど」


「じゃあ、剣も、刀とか短刀とかに言い換えるしかないのか」


「そういうこと。剣、刀、短刀。それぞれ別の言葉やけど、使ったらもうそれっきりやね」


(……だから、昨日の昼、あんなに連続で空振りしたのか)


「ただ、全部が使えへんくなるわけやないんよ」


「使える言葉も、あるのか」


「うん。『貫け』とか『降り注げ』みたいに動かす言葉と、『銀色』とか『巨大な』みたいな色や形容。それに、『一トン』とか『十階建て』みたいな数もね。出すものは一回、動かし方は何度でも、って覚えとき」


「出すものは一回、動かし方は何度でも……」


 朔人は、その言葉を口の中で繰り返した。


 そこで、朔人はふと引っかかった。


「……やけに詳しいな。あんた、戦ってないんだろ?」


「戦ってへんから、詳しいんよ」


 葵は肩をすくめた。


「ここに来てから、ずっと物陰に隠れて、いろんな人の戦いを見てたから。誰がどんな言葉を使って、何が不発になったか。三日間、ずっと見て、聞いて、覚えてたんよ」


 朔人は、言葉を失った。


 逃げ回っていただけだと思っていた。けれど、葵は、ただ怯えていたわけではなかった。


(観察。……それも、作家の力だ)


「あんた、すごいな」


「逃げてる間、暇やったからね」


 葵は照れたように笑って、話を戻した。


「かなり厳しいやろ?」


「つまり」


 朔人は、整理するように言った。


「新しい武器や戦い方を、常に探し続けなきゃいけない、ってことか」


「そういうこと。しんどいで」


 葵は苦笑した。


「それと、もうひとつ大事なことがあるんよ」


 地面に落ちていた枝を拾い、土の上に、ざっくりと図を描く。


「比喩はね、威力を足せるの。ただ、長いとか綺麗とかで強くなるわけやないんよ。大きさとか重さとかを、はっきり盛った分だけ、出てくるもの自体が強くなるの。たとえば、『岩をも砕くハンマー』と、『大地をも割るハンマー』なら、どっちが強いと思う?」


「後ろのほうだな」


「やろ? 砕くものが、岩から大地になった分、ハンマーの威力が上がってるんよ」


 朔人は頷きかけて、すぐに眉を寄せた。


「でも、その『ハンマー』も、一回使ったら……」


「そう。それに『岩をも砕く』も『大地をも割る』も、使ったら二度と使えへん」


 葵は枝の先で、地面をとんと突いた。


「だから、ここぞの表現は、切り札として取っとかなあかんの。普段の戦いは地味な言葉でしのいで、ほんまにやばい時にだけ、とびきりを使う」


「……切り札、か」


 朔人は、噴水の水面を見つめた。


 昨日までの自分は、思いつくまま、強そうな言葉を使い捨てていた。初日は、それで勝てた。でも、そのせいで、今、苦しんでいる。


(取っておけば、よかったんだ)


「どう? 作戦、立てられそう?」


「ああ」


 朔人は、顔を上げた。


「やってみよう。二人なら、何か見つかるかもしれない」


「よっしゃ」


 葵は、元気よく立ち上がった。


「じゃあ、まず朝ごはん食べながら話そ。仮想空間でもお腹すくんかな」


「……すくのか?」


「すくやろ。知らんけど」


 笑い声が、誰もいない公園に響いた。


 並んで歩く葵の背中を見ながら、朔人はふと思った。


(最優秀者は、一人だけ。……それでも、今は)


 その先は、考えないことにした。


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