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小説家になりたい〜出版確約をかけた、作家同士の表現で戦う2週間〜  作者: 東の雲


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4/11

言葉が足りない

 この三日間のことを、順番に思い出した。


 初日は、気持ちよく勝てた。ライトノベルで読んできた言葉は、驚くほど簡単に、口から出てきた。


 二日目は、少し違った。


 ロゴスに続けて唱えても、発動しない言葉が出始めた。そのたびに、頭の中の引き出しを必死にかき回して、別の表現を探した。星屑のような銀の矢。凍てつく夜気の刃。どれも、読んだ物語のどこかにあった言葉だ。なんとか全部、発動してくれた。


 引き出しは、まだ空じゃなかった。


 でも、三日目の今日は。


(……8回だ)


 今日、ロゴスと唱えたのに、何も起きなかった回数だ。朝に2回。昼の戦いでは、6回立て続けに空振りした。


 定番の言葉は、もうほとんど残っていない。


 朔人はメモ帳に、指を走らせた。


『剣』


 その下に、思いつく言葉を並べていく。


『刀』『短刀』『脇差』『ナイフ』『小太刀』


(言い換えなら、通るのか?)


 分からなかった。ロゴスを付けて唱えれば、発動するかどうかは分かる。けれど、発動してしまえば、その表現は使い切りになる。確かめる方法は、実戦しかない。


 続けて、メモ帳に打ち込んだ。


『目』『瞳』『眼』『眼球』


「鷹の目のように、敵を見据えろ」と使うつもりなら——


 朔人は想像した。


「ロゴス、鷹の眼球のように、敵を見据えろ!」


(……ホラーだ)


 噴き出しそうになって、口を押さえた。眼球に見据えられたら、敵より先に、自分が引いてしまう。


「瞳」ならどうだ。「鷹の瞳」。悪くない。


(でも、それだって、もう誰かが使ってるかもしれない)


 胸の奥が、じわりと重くなる。


 言い換えれば言い換えるほど、似た形の言葉ばかりが、頭の中に積み上がっていく。刀、短刀、脇差。燃える刀、燃える短刀、燃える脇差。


(これ、ほとんど同じ言葉だよな。これで、本当に新しい表現になるのか)


 気づけば、メモ帳は言葉でいっぱいになっていた。


 その中に、自分でも訳の分からない行が、混ざり始めている。


『午後三時の自動ドアのように、静かに開く拳』


『眠そうな毛布が、一斉に襲いかかる』


「……何だ、これ」


 自分の書いた文字を見て、朔人は思わず苦笑した。


 毛布に襲われたら、むしろ平和だ。午後三時の自動ドアが開く拳って、いったい何をする拳なんだ。


 こんなもの、戦いで使えるはずがない。読者にも、きっと伝わらない。


(……読者)


 その単語が、頭に引っかかった。


 朔人は、『小説家になりたい』に投稿した、自分の小説のページを開いた。第十三話。追放された荷物持ちが、辺境の町で力を見せる場面だ。


 文章を目で追う。


『燃えるような瞳で、彼は敵を見据えた』

『燃えるような怒りが、彼の胸を満たした』

『燃えるような決意とともに、彼は剣を抜いた』


(……「燃えるような」ばっかりじゃないか)


 三行続けて、同じ形の比喩を使っていた。


 自分の小説でも、同じことをしていたのだ。思いつかないから、手持ちの言葉で間に合わせる。気づかないまま、同じ言い回しを、何度も、何度も。


(PVが伸びないのは、展開のせいだけじゃないのかもしれない)


 胸が、ちくりと痛んだ。


 けれど同時に、朔人は、昼間の戦いを思い出していた。


 眼鏡の男が放った、あの比喩。


『ロゴス、朝八時の新宿駅で、最後の一人を押し込む駅員の手のように——四方から迫れ』


 あれは、ライトノベルの中にある言葉じゃなかった。あの男が、自分の目で見て、自分の体で味わった光景から、取り出した言葉だった。


(俺にも、あるんじゃないか)


 朔人はメモ帳の新しい行に、指を置いた。


 新卒で入った会社。三年間。毎朝の満員電車。月曜日の朝礼。コピー機の紙詰まり。


(満員電車は、昼にあの男に使われたも同然だ)


 別の言葉を打ち込む。


『月曜日の朝、コピー機が紙を噛んだときの——』


 指が止まった。


 ガガガ、と鳴って、動かなくなる瞬間。赤いランプが点滅して、誰も直し方を知らなくて、全員が一斉に目をそらす、あの空気。


(——あれは、止まる)


 直感だった。あの感じを、うまく言葉にできたら、相手の動きを止められるかもしれない。


 でも。


(これが、もう誰かに使われていたら)


 その不安は、拭えなかった。


 世の中には、何万人という人がいる。コピー機の紙詰まりなんて、誰もが経験する。ここにいる数十人のうち、誰かが思いついていても、おかしくない。


(……ああ、これだ)


 朔人は、ようやく気づいた。


 小説を書いているときの、あの感覚と同じだ。


 自分だけの言葉を探して、探して、探して。見つけたと思った瞬間、どこかで読んだ気がして、手が止まる。


 産みの苦しみなんて、ずっと他人事の言葉だと思っていた。


(まさか、HPを懸けて味わうことになるとはな)


 そのとき、パソコンの時計が、0:00に切り替わった。


 ブース全体に、あの女性の声が響く。


『本日の集計をお知らせします』


『本日の脱落者、4名』


(4名……)


『本日使用された表現、301件』


 朔人は、メモ帳から目を上げた。


(301……)


 初日は、512件だった。


 減っている。使われる言葉が、減っているのだ。みんなも、言葉が足りなくなっている。


(俺だけじゃないのか)


 少しだけ、救われた気がした。同時に、背中が冷たくなる。


 言葉は、このまま、減り続ける。


 朔人はメモ帳を閉じず、新しい行に、ゆっくりと打ち込んだ。


『明日は、自分の言葉で戦う』


 画面の隅で、小さな表示が切り替わる。


『イベント終了まで あと11日』


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