出版確約プログラム
イベントの一週間前。
その日、朔人のマイページに、見慣れない通知が届いていた。
差出人は、『小説家になりたい』運営事務局。
(運営から個別メッセージ? まさか、規約違反の警告じゃないだろうな)
恐る恐る開くと、短い文面が並んでいた。
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【新人作家発掘プログラム 参加者募集のお知らせ】
まだ見ぬ新人作家を発掘するため、特別プログラムを開催いたします。
・参加条件:本通知の送付時点で、登録から1か月以内の新人作家であること
・過去に出版経験のない方に限ります
・年齢は問いません
・開催日は、本通知の一週間後です
・期間中の2週間、運営に拘束されます。全日程ご参加いただける方のみ、お申し込みください
最優秀賞者には、プロ作家として担当者が付き、出版を確約いたします。
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朔人は画面を二回読み直した。
出版を、確約。
(怪しすぎる)
真っ先にそう思った。新手の詐欺か、高額な参加費を取る商法か。けれど、文面のどこを探しても、お金の話は出てこない。
それに。
(登録から一か月……今ちょうど、ぎりぎりじゃないか)
条件を満たしているのは、今だけだ。しかも会社を辞めたばかりで、二週間くらい、いくらでも空けられる。
失うものは、何もない。
朔人は『参加する』のボタンを押した。
*
イベント当日。
運営会社のビルは、駅から歩いてすぐの場所にあった。ガラス張りの広い会議室に入った朔人は、思わず足を止めた。
人が、数十人もいる。
学生らしい若者。スーツ姿の会社員。白髪まじりの男性。年齢も服装もばらばらなのに、全員が同じ顔をしていた。期待と不安が半分ずつ混ざった、落ち着かない顔だ。
聞こえてくる会話には、聞き慣れない方言も混じっている。全国から集まっているらしい。
(みんな、同じメッセージを受け取ったのか)
ここにいるのは全員、自分と同じ新人作家。そう思うと少しだけ心強くて、少しだけ息苦しかった。
やがて、壇上にグレーのスーツの男が立った。
「お集まりいただき、ありがとうございます。早速、ルールを説明します」
ざわめきが、すっと静まる。
「これから皆さんには、精神だけの仮想空間で、二週間を過ごしてもらいます」
(……精神だけ?)
「特殊なカプセルに入っていただき、健康管理は我々が行いますので、現実の体の心配は不要です」
SFのような話を、男は事務連絡のように淡々と続けた。
「仮想空間では、作家同士で、言葉を使って戦っていただきます。武器は『表現』です」
会場がどよめく。
「表現が、そのまま武器や魔法になります。たとえば『鋼鉄の肉体』と言えば、あなたの体は鋼鉄になる」
(ラノベの能力バトルみたいだな)
朔人は少しだけ、わくわくした。
「ただし、重要なルールがあります」
男の声が、一段低くなる。
「まず、表現を発動させるには、『ロゴス』と言葉を発してください。その直後に言った表現が、発動します。また、この仮想空間で一度使われた表現は、二度と体現しません。誰かが使った言葉も、自分が使った言葉も、以後は武器にならない」
朔人の笑みが、固まった。
会場中も、ざわめく。
(一度きり……?)
頭の中を、これまで読んできた定番の言い回しが駆け巡る。壁、盾、炎、剣。
それが全部、誰かに先に使われたら。
「どこまでを同じ表現とみなすかは、AIが判断します。その基準は、お伝えできません。使用済みの表現の一覧も、公開されません」
会場のざわめきが、さらに大きくなる。
「表現が実体化するのは、一分間のみです。また、直接的な即死に直結する言葉や、猥褻な表現、プログラム自体がすぐに終わるような大規模攻撃などの表現は、無効となります。これらの判定は、すべてAIプログラムが記憶し、判断します」
男は一呼吸置いた。
「なお、仮想空間では痛みを感じません。安心して戦ってください」
そして、壇上のスクリーンに、数字が映し出された。
「続いて、ヒットポイントです。皆さんのHPは、サイトで『代表作』に設定している作品の数字で決まります」
PV10につき、HP1。
ブックマーク1件につき、HP5。
評価は星1つにつき、HP5。
「代表作以外の作品は、どれだけ読まれても、HPには反映されません」
前の席の学生が、小声でつぶやいた。
「複数書いてる人は、どれを代表作にするか、選ばなきゃいけないのか」
朔人には、迷う必要がなかった。
投稿しているのは、一作品だけ。追放された荷物持ちの話が、そのまま自分の代表作だ。
(俺の数字は……)
すぐに計算した。合計PVは約千五百。ブックマークは四件。評価は星で合計六つ。
150、足す20、足す30。
(HP、二百か)
多いのか少ないのか、比べる相手がいないから分からない。
「仮想空間は、新宿を再現した街です。街にあるパソコンは、すべて現実の『小説家になりたい』に繋がっています。そこから、最新話を投稿することも可能です。尚、こちらの仮想世界内ではスマートフォンはご利用頂けません」
(戦いながら、書くのか)
「それから、皆さんの活動報告のページには、特別なボタンを設置してあります」
男は、淡々と続けた。
「このボタンから、現実世界で皆さんがお持ちのSNSのアカウントに、投稿することができます。SNSのアカウントをお持ちでない方は、開始までに作成することもできます。ただし、投稿できるのは、一日に一回だけです」
会場が、ざわつく。
「投稿の内容は、運営が確認します。プログラムの内容、仮想空間のこと、戦いのことは、一切、書いてはいけません。それらを含む投稿は、公開されず、その日の投稿の権利も、失われます。確認には、数時間かかります。また、投稿への反応は、皆さんには表示されません」
(SNSで、宣伝できるのか……)
朔人は、自分のアカウントを思い浮かべた。フォロワーは、五十人ほど。ほとんど、投稿したことがない。
(……使いこなせる気は、しないな)
「攻撃を受けると、HPが減ります。ただし、投稿によって新たにPVや評価を得られれば、その分HPは回復します」
男は、淡々と続けた。
「痛みはありませんが、体が傷つかないわけではありません。腕や脚を失うほどの損傷を受けた場合は、HPを支払って、元に戻すことができます。戻すかどうかは、ご自身で選べます」
会場が、わずかにざわつく。
「また、心臓や頭部など、命に関わる致命傷を受けた場合は、ダメージの計算を行いません。その代わり、HPを一定量支払って、その場で復活していただきます。ただし、支払えるHPが残っていなければ、そのまま脱落となります」
(致命傷でも、HPが残っていれば、戻れる……)
朔人は、自分の数字を思い浮かべた。
200。
多いのか、少ないのか。その答えは、まだ分からない。
「HPが0になった方は、脱落です。脱落した方は、その場で仮想空間から退出し、選考の対象外となります」
男は会場をゆっくり見渡した。
「HPが0になったり、この仮想空間で死んだりしたら、現実の体はどうなるんですか?」
参加者の一人が、質問した。
「そちらに関しては、ご安心ください。この仮想空間では、いくら怪我をしようが、死に直面しようが、現実世界の体に影響を及ぼすことはありません」
その言葉に、会場はほっとした空気に包まれる。
「しかし、戦いの中の恐怖などは、残ってしまうかもしれません。こちらはプログラム終了後に、皆さんには、専門医によるメンタルケアを受けていただく予定となっております」
現実世界への影響がないなら、思い切り戦える。
誰もが、そう感じたはずだ。
「二週間を生き残った方の中から、イベント終了後に、最優秀者を一名選出します」
そこで、男は少し間を置いた。
「選考では、HPの数字だけでなく、戦いの中で使われた比喩も評価の対象とします。比喩の独創性。引き出しの多さ。そして、その素晴らしさ。すべて、AIプログラムが記録しています」
(人気だけじゃ、だめなのか)
朔人は、膝の上で拳を握った。
(言葉そのものも、見られている)
「説明は以上です」
他に、質問する者はいなかった。
「開始まで、二時間の猶予を差し上げます。その間に、戦略を練ってください。小説の最新話を投稿しておきたい方は、会場のパソコンをご自由にお使いください」
会場が、再びざわついた。
ノートに何かをびっしり書き込み始める人。パソコンに向かって、猛烈にキーを叩き始める人。
朔人はパソコンの前に座り、書き溜めていた最新話を見直した。冒頭を二度書き直して、投稿ボタンを押す。
数字は、まだ動かない。当たり前だ。読まれるのは、これからなのだから。
その後は、戦いで使えそうな表現を、頭の中で必死に探した。壁、盾、炎、剣。浮かぶのは、定番ばかりだった。
気づけば、二時間のほとんどが過ぎていた。
ノートを広げていた人たちの姿が、ふと頭をよぎる。
(……俺だけ、準備が足りないのか)
*
案内された部屋には、繭のような白いカプセルが、ずらりと並んでいた。
朔人は指示された一つに、おそるおそる体を横たえる。ふたがゆっくりと閉じ、真っ白な光が視界を満たした。
(出版確約、か)
不安はある。怖さもある。それでも、その四文字だけは、頭から離れなかった。
意識が、遠のいていく。
次に目を開けたとき、朔人は、見覚えのある交差点に立っていた。
新宿駅東口。
信号は青く光っているのに、誰一人、渡っていない。
「……ここが、戦場か」




