6 回廊の扉
今夜もまた、夢に目覚めた。
大輔と会った後も、同じ夢は続いた。
この夢を見始めて、もうひと月近くになる。
真夜中、俺は薄暗がりの意識の中、夢と現実の間で、たゆたっていた。
どうせこの後、寝ようとしても寝付けないのはわかっている。
夢を見るようになった初めの頃は目覚めても目を開けず、ベッドの中で寝返りを打ち続けていた。だが、いつも朝まで堂々巡りの中に居続けることになる。
職場で、あまりにぼんやりとしているので、同僚が心配して声をかけてくれた。
俺が、どうも眠れないのだと話すと、そういう時は寝ようとすることが、かえってプレッシャーになるから、寝ようとしない方がいい。横になっているだけでも七十パーセントは回復するから、大丈夫だと話してくれた。
その言葉を思い出した俺は、それ以上寝ようとするのを止め、この時間を何か有効なことに使おうと考えた。
有効なこと、そう、今のこの状況の整理だ。
この不思議な夢はいったいどういうことなのか、もう少しきちんと整理してみよう。
目を閉じたまま、今見た夢を思い返してみる。
もう何度も繰り返し見ている夢なので、細部まで思い返せる。
なぜ、こうも同じ夢を見るんだ……。気にするから、かえって同じ夢を見てしまうんだろうか。やはり八年前のあの時のこと、俺は後悔しているんだろうか……そうなのかもしれない。
でも、俺は何を後悔……、雫を抱き締めてしまったことか……、それとも、そのまま抱き締め続けなかったことなのか。
あの時、彼女を離さなければ……、彼女は、俺たちはどうなっていたんだろう……。
俺は、自分があえて目を背けていたもの、見ようとしなかったものにきちんと向き合ってみる。
雫が事故にあったと聞いて、いやそのずっと前、雫が結婚したと聞いた時から、俺は、そのことを思っていたんじゃないのか。だけど、ずっと雫のことを考えること、避けていた。……考えることから逃げていたんだ。
相手の家族や俺の家族のこと、もちろんそれもあっただろう。でもこれだけ時間が経って、俺も一人になって、それでも俺は、あいつのことを考えることから逃げていた。それは、なぜだろう。
怖かったのかもしれない。
自分の小ささと愚かさが……。
目を開けると、暗がりの部屋に一人……、一人だった。
俺は白い天井を見続けていた。
翌日、寝不足のどこか薄い霞のかかかった頭のまま、なんとか仕事をこなした。また書類をミスって、すみませんと繰り返していた。そのあまりの腑抜け具合を見ていた課長が俺を呼び止めた。この課長、いつもにこやかな表情のままで厳しいことをずばずばいう人だ。
「暁月さん、ちょっと疲れ溜まりすぎじゃないですか。今日は、早めに帰ったらどうです」
メガネ越しの課長の顔は笑っていなかった。さすがにまずい。これは通告だ。
俺は、その日、定時に帰宅した。
自宅マンションの重い扉をガチャリと閉めると、玄関口に座りこんで動けなくなった。
睡眠不足と仕事疲れ、それだけじゃなかった。気力が全く湧いてこなくなっていた。一度止まってしまうと、その姿勢のまま動き出すことができなかった。このままじゃまずい、そう自分でも思うほどに。
ぼんやりとした頭は知らぬ間に、あの夢のことを考えていた。
帰りに電車で思いついた考えを、改めて自分に言い聞かせる。
しっかりしろ、動くんだ。
俺は、気力を振り絞るようにして立ち上がると、帰りに買ったコンビニ弁当を置いて、洗面所に行き、水で顔を盛大に洗った。
とにかく行動だ。やれることをやってみるんだ。
俺は、テーブルにつくと横に置いた弁当を開けることもせず、引き出しにあった新しいノートを広げた。
まず、あの夢を正確に文字にしてみる。思い出せる限り、詳細にだ。
リアルで、それも何度も見る夢だ。何があってどうなっていたか、改めてきちんと言語化するんだ。
書き出したのは、わずか三分ほどにあったこと。いや正確にいえば何も起きなかった三分間。
俺があの日、雫と別れて帰る場面。書き出してみたものの書く内容などさしてない。ただ夢がリアル過ぎることを除けばだ。
そう、夢がリアル過ぎる。
普通、夢っていうのは、どこかぼんやりとして辻褄が合わず、時間も場所も入り乱れて混沌としていることが多い。俺がこれまでに見た夢はそんなものだ。
それが、この夢はあまりにリアル過ぎる。
まるで現実にあったかのように。
いや、確かにあったあの日のこと。
夢を見た後に感じるのは、あの時間を追体験したような……、またそれを経験したという感覚だ。
もしかして、あれはただの夢とは違うんじゃないのか……。
まあ、これだけ毎日同じ夢を見る時点で、普通の夢じゃないのは確かなんだが。
妙な夢というだけじゃあ説明できない、何か特別なものじゃないのか。
それを確かめるため、俺は今夜、一つ試してみることにする。
心が決まると、弁当を手早くかき込んでシャワーを浴び、そのままベッドに入った。
枕元には、記録のためにさっきのノートとペンも置いた。
時刻は、十時。いつもなら、やっと帰宅する時間だ。俺は部屋を暗くして目を閉じた。
少し勢い込んでいたのと、いつもより早めの時間だったので、すぐには眠れないんじゃないかと思った。だが、寝不足が続いていた俺は、そう時間もかからずに眠りの沼に沈んでいった。




