4 途絶えた”時”
雫とは結局その後、会うことはなかった。
しばらくの間、SNSでのやり取りは何事もなかったように続いた。
俺は返事を必ず返したが、自分からはできる限りしないようにした。
これ以上進んだら、もう後戻りできなくなる。
彼女にも付き合っている人がいたし、俺にも将来を約束した人がいた。
そんな俺の雰囲気を察したのか、もしかしたら俺のことを気遣ってくれていたのか……、彼女もだんだん書き込みをしなくなり、冬を迎える頃には俺たちのSNSは完全に途絶えた。
その冬、俺は相手の両親に結婚の挨拶も済ませ、事務的な準備を進めていった。
だから、戻ることはできなかった。いろんな人の日常を壊したくはなかった。
仕事の方でも新しい案件が舞い込んでいた俺は、仕事に追われた。
何かに没頭していると頭が余計なことを考えずにいられたので、とにかく仕事を頑張った。
ただ、時折、特に酒を飲んで一人になった時なんかには、やたら寂しくて、携帯にある彼女の名前をタップしたい衝動に襲われることがあった。
が、それをいつもぐっと飲み込んだ。
これ以上進んだら、どちらにも良くない。それだけを呪文のように心の中で繰り返し、ただじっと動かなかった。
動くより、動かずただ時を過ごす。それならできる。そう思った。
その次の年、俺は結婚した。……それから半年もせずに、雫が結婚したと大輔から連絡がきた。
その時の俺は、「そうか」としか言えなかった。できるだけ雫のことは考えないようにしていたからだと思う。
みんなで祝いをするというので、「俺も連名でしといて」、それだけ伝えたのを覚えている。
仲間たちとの付き合いも、互いに忙しくなる頃だったので、どんどん遠ざかっていった。
そして、俺にとって、学生だった青い季節は完全に過去になった。
そんなふうに思っていた。
俺が結婚したのは二十六の年だったが……それも五年経った二年前に、別れた。
互いに仕事が忙しかったりで、すれ違いがどんどん大きくなっていき、特に二人とも喧嘩すると謝るのが下手だった。
二人の間に子どもがいなかったこともあって、五年目に離婚、それ以降、俺はこの雲出のマンションに一人暮らしだ。
それから二年、俺は仕事場と寝に帰るだけのマンションを、ただ行き来している。
休日になっても特にすることを思いつかずダラダラと過ごし、また月曜がやってくる。そんな毎日だった。
あの夢が始まったのは、そんな九月のことだった。
同じ夢を見るようになって一月近く、……わけがわからず、心が疲れ始めていた。
そんな俺に。
――あの知らせが届いた。
夜マンションに帰ってコンビニ弁当でビールを飲んでいると、久しぶりに大輔から電話がかかってきた。
「よお、大輔、久しぶり、どうしてた? 前に会ったのって三年ぐらい経ってないか」
「今、話いいか?」
感情を抑えた低いトーンの大輔に、すぐに何かあったとわかった。
「実はな、コタ。驚くなよ。雫が事故で亡くなった……」
「え、どういうことだよ大輔! おい、落ち着いて言えよ、お前、何言ってんだ」
落ち着くのは俺の方だった。取り乱した俺に、大輔は冷静に話してくれた。
「さっき唯から電話あったんだ。雫が一週間前に、交通事故で亡くなったって。
唯も聞いたのが今日になってからだったって、一月前に、雫、東名阪を走ってたら、一緒に乗っていた子供さんと二人、大型トラックにぶつけられてな……、即死だったらしい」
俺はそこから先の話を、どう受け答えしたのかよく覚えていない。言葉も出ず、あまりのことに何も考えられなくなっていた。
すでに告別式は家族だけで行われ、終わったという。
地元にいた唯が、香典だけでもと、家に行ったようだが、それも受け取ってくれなかったようだ。
「おい、コタ、しっかりしてくれ、聞いてるか。
俺、次の週末に実家に帰るからさ、久しぶりに会おうぜ」
呆然としていた俺は、大輔に誘われるまま、返事にならない声を出していた。
雫が死んだ――
その言葉だけが、頭の中に残った。
死んだ。
もう八年も会っていない彼女なのに。
胸の奥が引き裂かれるようだった。
俺は、自分でも気づかないまま、ずっと雫を待っていたんだろうか。
翌日、仕事はなんとかこなしたが、一日中、頭に靄がかかったようで、現実感がなかった。あまりのことに事実として受け止めきれなかったのだと思う。
週末までの数日、俺はただぼんやりとしていた。
「なぜだ?」という言葉と「しかたなかった」という、とりとめもない単語が頭の中をぐるぐるとし続けていた。
そして、相変わらず同じ夢はやってきた。
せめて彼女と会っている時の夢なら会えたのに、そんなことを思いながら、彼女のいない夢を見続けた。




