18 第十二夜
また月曜が始まる。
“時”は個人の事情などお構いなく、ただ進み続ける。
ただ、今日の新しい始まりは、俺にとってまさに新しい時の始まりだった。
でも仕事は仕事だ。これまでの教訓を活かし、できるだけ頭を切り替えて仕事をこなしていく。
同僚が少し不思議な顔をして聞いて来る。
「なんだか今日は暁月さん、すっきりした顔してますね。なんかいいことありました?」
「そうかな」
俺は苦笑いをした。
吹っ切れた、……そういうことだろう。
俺は、できるだけ定時で終われるようテキパキと仕事をこなした。
定時になった。
俺は静かに職場を見回した。いつも通り皆、自分の仕事に集中している。課長も補佐と打ち合わせをしていた。
俺は席を立つと、思いを込めて口にした。
「お先に、失礼します」
帰りの電車が、南が丘駅に停まる。雫が立っていた所が見えないかと、窓ガラスに額をつけ、その幻を探した。
電車が動き出した。
今日やることは決めていた。
電車に揺られ、不安と迷いが溢れそうになってくる。
その気持ちに飲み込まれないよう、俺はゆっくりと呼吸し、車窓を流れる見慣れた景色を見つめていた。
マンションに戻った俺は、まず最初に確かめるべく、電話をする。
雫の今の家への電話だ。この間、大輔と会った時に教えてもらっていた。
心を落ち着かせ、その番号にかけた。
呼び出し音が、携帯から響く。
そして、電話に出る声。
「もしもし、八坂です」
それは俺の知らない男の声。八坂は結婚した雫の名だった。
俺は、同級生ですが、雫はいるかと聞いた。男は、重い口調で先月亡くなったと言った。俺は悔やみの言葉を告げ、電話を切った。
今のが雫の夫だ。
変わっていなかった……。
もしかしたらと思った淡い期待が消える。
俺が雫と会ったことで、時間の流れが変わるかと少しだけ期待した。
だが、何も変わっていなかった。
やはりあれは夢の世界だけの話なのか……、現実を変えることはなかった。
そりゃそうかと納得もする。毎回違う可能性があるのがあの世界だった。ゆうべの俺と雫の出会いは、その可能性の一つにすぎない……。パラレルワールドみたいなものなのか。
――でも、あそこには、彼女がいる。
夢の後ずっと考えていた思いが、今、確かな覚悟となった。
今夜、俺は戻らないつもりで臨む。
あのまま話し続ければ……、
終わらせないことができるはずだ。
どうせ一人。今の俺には、他に望むものなどないのだから。
――俺はハンドルを握っていた。
目の前を赤いテールランプの流れが、遥か前方まで続いている。
何度も戻った夢の世界、俺は、これまで通りの手順で時間を確実に進めていく。
雫のもとまで。
雲出大橋、津競艇場、ボーリング場……。
そして交差点を曲がり、最後のメッセージを送る。
――南が丘駅に、雫はいた。
その雫を乗せ、俺は脇道のビル陰に車を停める。
時刻は19:45。
俺は、前を向いたまま、バックミラーに映る雫に向かって静かに話しかけた。
話は、昨日と同じように、雫は中学時代の教師への思いを話した。
今の結婚相手についても、同じように「好きという気持ちがわからない」と言った。
俺は昨日と同じところまで来ると、今度は迷わなかった。
「雫、俺はお前を守りたい」
雫が顔を上げた。
「でも、守るっているのは、保護者になるってことじゃない。俺は……お前と一緒に生きたい」
俺の突然の言葉に、雫は目を見開き、口を手で押さえたまま固まった。
「雫、好きってことわからないって自分で言っただろ。たぶん今の雫は、そうなんだと思う。
だからさ、今、将来を決めるなよ。そして、俺を改めて見て欲しい。これからの人生を生きるパートナーとして」
「えっ……」
「海で、君を思わず抱き締めた時、俺、正直まだそこまでの覚悟なかった。
でも、今は違うんだ。真剣だ。そして、俺には雫が必要なんだって思う」
雫の瞳がゆらりと揺れると、大粒の涙が溢れた。
俺は、雫の頭をぐっと抱き寄せた。




