17 第十一夜
日曜。いよいよ今日こそ雫に会う。
俺は満を持して夜を待った。
――俺はハンドルを握っていた。
もう何度もこなしてきた行程を、丁寧に進めていく。
この先に雫がいるんだ。窓から入る風が気持ちよく、浮ついた頭を適度に冷ましてくれる。
ゆうべをきっちりトレースしていく。余計なことはしない。
渋滞の流れの中をじれずに進む。競艇場、ボーリング場を過ぎ、最後の難関、駅前通りへの交差点も軽トラについて昨日と同じように突破した。軽トラのおっちゃんに、ありがとうと声をかけたいくらいだ。
道を曲がった所、ここで俺はすぐに路肩に車を寄せ、停車した。
昨日足りなかった時間を、最後にここで作る。
《なぜそんなにサラが嫌いなんだ?》
送信、……これでどうだ。
俺はすぐに車を発進させ駅を目指す。
駅が見えた。携帯に雫からの返信が届く。
《なんだってそんな話するわけ、あの何も知らないくせに外見にしか興味ない人たちのこと理解しろって?》
南が丘駅の小さなロータリーに車を入れて減速、雫を探す。
車を停めても雫はこっちに来ようとせず、駅舎の軒下でじっとしている。
やばい、怒らせ過ぎたかな。謝らなくちゃ。
手を振ろうとして、思わずやめた。
ここは地元の駅。どこで知り合いに会うかわからない。
雫が、家のこともあってそんな目を気にしていることに気づいた。
俺は、後のドアを指差し、後へ乗れと合図した。
それを見て、雫がさっと動きだす。
駆けてきた雫は、そのまま後のシートに入るとドアを閉め、頭を隠すように小さくなったまま言った。
「さっき、近所のおばさん見たの。だからちょっとこうしとく」
「わかった」
俺は車を走らせる。
駅のロータリーを抜けると、すぐに脇道に入り、小さなビルの横に車を停めた。
ここなら、人目にもつかないんじゃないか。
車のエンジンを切ると暗がりの中、静かになった車内、信じられないほど強く雫の存在が感じられた。追い続けた雫が、本物の雫がすぐ後ろにいる。でも感慨に浸っている暇はなかった。ここからが正念場だ。
時刻は19:45。さっきの返信分入れて、あと三十分以上は余裕であるはずだ。
俺は前を向いたまま、バックミラーに映る雫に向かって話しかけた。
「急に悪かった。今日中にどうしても話をしときたくて」
「うん、どうしたの? コタがそんなこと言うの珍しいからさ、何かあったかと思って。でもわたし、九時には家、帰らなくっちゃいけないから……」
「うん。…………雫、単刀直入に聞くよ。お前ほんとうに結婚するのか。なぜそいつを選んだんだ?」
唐突な俺の言葉に、雫は黙り込む。
沈黙は長く、バックミラーに映る雫は俯いたままで表情は見えなかった。
そして、鏡の中の雫が顔をあげ、自分の中の言葉を探すようにぽつりぽつりと口を開いた。
「コタがなんでそんなこと聞くのかわからないけど、実はわたしも相談しようと思ってたの」
俺は黙って雫が話すのを待った。
「わたし中学の時、先生のこと好きだって言ったの覚えてるかな」
「そりゃ、忘れるわけないよ。あの時、みんなで色々協力してたんだぞ。修学旅行の時なんか、なんとか二人で話す時間作ってやろうってなって、俺、先生を捕まえて白々しい世間話なんかしてさ」
くすりと笑い声がし、バックミラーの中の雫が笑った。
「今日さ、コタと色々話してる時にね。すごく安心感あったの。あれ、これはなんだろって思って、考えてたの。それで気づいたんだ。ああ、あの中学の時にわたしが先生のこと好きって言ってた時と同じ感じだって。
それでね、思ったの。わたし先生を好きって言ってたけど、あれって、本当の好きっていう気持ちだったのかなって。もしかしたら、あれって守ってくれる人を求めてたのかなあって。
守られる感じ……かな」
俺はその言葉に少し動揺する。えっ、俺のこともそうなのか……。
「わたし、正直、今でも『好き』って気持ちがどういうものか、よくわからないの……」
「ならなんで結婚するんだよ。今の相手はなんなんだよ」
「今の人はね。職場の同僚なんだけど、2年間一緒の学年でね。この人ちょっとドジなとこあるんだよね。
わたし守られる側じゃなくて、守る側になりたかったのかなって、さっき一人でずっと考えてたの」
「じゃあ、どうして結婚するんだよ。今の相手のことは……どう思ってるんだ?」
「そうだね……やっぱ、わたしにはわからないや」
頭の中をいろんな思いがぐるぐるして、でもそれはどれも言葉にならなかった。
バックミラーの雫は遠い目で窓の外を見ていた。
「もう帰らなくっちゃ。……行くね。今日はありがと」
そう言うと雫はドアを開け、出ていった。
俺はその後ろ姿をただ見送っていた。
そして、見えなくなっても俺は動けず、ハンドルに頭をつけて、夢が途切れるまで、ただそこで考えていた。
――目が覚めた。
部屋で目覚めた俺は、窓のカーテンを開け、夜の空を見上げた。
冴えた三日月が西の空にかかっている。
空を見上げる俺の思いは、次第に……確かな決意になっていった。




