15 第九夜
金曜日、今日も仕事はきちんとやることに集中する。
寝不足はあいかわらずだったが、体の芯にほてったような感覚があって、疲れも気にならなかった。
とにかく、夜が来るのが待ち遠しかった。
昼をカップラーメンで済まし、その間もパソコンと向き合っている俺を見て、同僚が、心配げに声をかけてくれる。
「大丈夫? なんか最近の暁月さんって、少し目が危ないよ」
「え、そうか?」俺は少し口ごもる。
「ここんとこちょっと仕事遅れてたから挽回しないとね。あとでえらい目にあうの嫌だらかさ。それで気合い入れてるだけだから」
「それならいいけどさ。どう、今日はちょっといいもん食べに行く?」
自分も仕事大変なはずなのに、心配してくれるのはありがたかった。
だが、これは言えることではない。
「ありがと、今夜先約あるんだ。そのために頑張らないとね」
笑って断りを入れる。
俺は、久しく忘れていた熱いやる気で一杯だった。
ただ、それは仕事でないので、あまり言えることではないのだが。
とにかく週末だ。今夜からは、夢に専念できる。
遠足前の子供みたいだな。
俺は独りごちると、再び書類の山に向き合った。
仕事になんとか切りをつけ、二十一時過ぎに帰宅した。
閉店間際のスーパーで買ってきた一番高い寿司にかぶりつく。
ここでビールでも飲みたいところだが、これからが大事だ。
夢とはいえ、飲酒運転をするわけにはいかない。ここは我慢しておく。
寝室を久しぶりに少しきれいに片付けると、俺は卓上ライトだけにした。
ベッドに横になって、これまで書いた夢のノートを見直す。
あと少しだ。あと十分ほど――。
もしかしたら、今日にも会えるかもしれない。
それは夢のようなことだった。
会ったら、なにを言おう……。
そんなことを考えているうちに、この一週間の疲れから俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
――俺はハンドルを握っていた。
よし、とばかりに今夜も手順通りに進めていく。
車を停め、
《駅で待って迎えに行く》と打つ。
車をUターンさせて走らせるうち、返事が来る。
《何かあった?》
次の信号で返信をする。
《一生の頼みだ》
信号が青に変わり、それ以上打てなかった。
しまった。
焦って手順を一つ飛ばした。話あるってこと、まだ言ってなかった。
……でも、こちらの切迫したのが伝わるから、雫、待ってくれるんじゃないか。
俺はハンドルを握る手に汗をかきながら、懸命に考えた。
すぐに返事が来た。
《変だよ》
まずい。いつもと違う。
でもまだ挽回できるはず。
俺は次の赤信号で、素早く返信して運転に戻る。
《伝えたいことある》
これで、わかるんじゃないか――。
次の返事は、なかかな来なかった。
車は渋滞の中を進み続ける。
ラジオの音楽番組が始まった頃、やっと雫の返事が来た。
《わかった待ってる》
よし! 俺はホッとした。
少し時間をとったが、これでゆうべの流れに戻ったはずだ。
右手に津競艇場が見えた。
と思った途端、そこで夢が終わった……。
――俺は天井を見上げた。
薄暗い部屋はいつものままで、俺だけが、いつもと違っていた。
油断した。
あれだけ繰り返してきたのをミスるなんて。
しばらく悔しくて動けなかった。
……でも仕方ない。
俺はノロノロと灯りをつけ、ノートに今日のことを書き留める。
……時間が短くなっていた。
最後に見た時計は、19:18。昨日より二分減ってしまった。
これまで順調に増えていた時間が初めて減った。
俺は体を起こして、もう一度ノートを見直す。
話しかける手順を間違ったとはいえ、減ったのはなぜなんだ。
そのあたりに、この夢の、時間についての法則みたいなものがあるんじゃないのか。
昨日作った、この一週間の「時間表」に、今日の分を書き足す。
増えなかった日、減った日、それと増えた時間――。
時間の横に、俺の行動と送った言葉、雫の返事を並べてみる。
俺自身の行動を並べても、規則らしいものは見えない。
なら、雫か。
俺はそう考え、ノートの「俺」の欄に大きく×をつけた。
雫はこの夢の中の時間に生きている。だから、そっちの方がより影響ありそうだ。
この増え方、規則的なようなんだが、どこに鍵があるのか……。
結局その日は、ほぼ一日中ノートと睨めっこをして過ごした。
だが、仮説をいくら立てても、それは夢の中で確かめるしかないわけで、どんなに考えても答えはわからないままだった。
今夜だ。
追いかけ、手を伸ばしたその手のすぐ先にある影のような尻尾。
つかめそうでつかめないそれを今夜こそ……。




