話し合い。
鳥のさえずりを聞きながら朝を迎える。
ベットから降りて顔を洗いに行く。パンの匂いが鼻を抜ける。この今の幸せを嚙みしめる。
顔を洗い終えて、しゃかしゃかと歯を磨いていると母の声が聞こえてきた。
「朝ご飯できたわよー」
「ふぁーい」
こんなふうに普通の親子の幸せを、前世はなかった幸せを手放して空月に会いに行くのだ。
あの子をひとりにさせてしまったことを申し訳ないと思っている。
あの子はまた孤独な毎日を送っている。それはいったい何年、何十年、何百年前?
転生とは死んですぐ起きることなのか、死んだ魂はどこかへ保管され時間が経過してから転生するのか、原理などわからない。けど孤独にさせてしまっている事実はある。
必ず空月に会う。今度は二人で幸せをつかみ取る。そのためならば、今の幸せを放棄したっていい。
歯磨きも終わり、リビングへ足を運ぶ。
テーブルの上には焼きたてのパンと新鮮ないちごジャム。いつもの朝食が並んでて、両親は席についている。
「ねぇ、お父さん、お母さん。大事な話があるの。食べ終わったらでいいから、聞いてくれる?」
「どうしたんだ朝から…。」
「わかったわ。そんなに真剣な顔されちゃ、聞かなきゃいけないみたいね」
「まぁ…そうだな。」
席について朝食を食べ勧める。もちもちのパン、甘酸っぱいいちごジャム。この幸せを空月にも分けたい。あの日々のような小さなおにぎりじゃない、食べきれないほどのパンを。
食べ終わり、食器を片付け終えて三人でまた席につく。
「で、話ってなんだ?」
父が声をかけてくる。
「あのね、信じられないかもしれないんだけど…それでも、聞いてくれる?」
「大丈夫、大丈夫よ。あなたのその力のことだって母さんたちは信じたもの。覚悟はできてるわ。」
その言葉を聞いて少し安心する。深呼吸をして心を落ち着かせる。
「…あのね、あたし、前世の記憶があるんだ。昨日の夜に前世の記憶が戻ったの。あたし、本当はツキっていう名前なの。たぶん、前世の能力が記憶を扱う能力だったから…思い出せたんだと思う。それでね、どうしても旅に出ないといけない理由を思い出したの。」
「それは…どういうことなの?」
「今の12歳のあたしよりも小さな男の子がいたの。その子はずっと孤独で、あたしが死んでからまた孤独になってしまった、させてしまった。化け物なんて言われていたけど外見なんて関係の無いただ普通の男の子だった。その子を助けに行きたいの。あたしも孤独だったんだ、だから…」
「そうか…」
両親は難しい顔をした。そりゃそうなるだろう。突然朝からこんな話をしているんだから。
「…前世の記憶のことは信じる。お前はそんな喋り方しないからな。お前も孤独だったってどういう意味なんだい?」
「…惨いことだけど、あたしは前世、虐待を受けてた。だから正直、今お母さんとお父さんに大事にしてもらえてとても幸せ。だけど、どうしても前世出会った少年も一緒に幸せを分けてあげたい。その子は…本当に人間を辞めてしまったのかもしれない。あたしが辛い思いをさせてしまったから。だから、どうしても行かなきゃいけない」
そう、あたしがしっかりしてなかったから起きた悲劇。守っても守りきれなかったあたしの責任。必ず救ってみせる。もう一人にしないから。
「言っても聞かないだろうしな」
「ええ、そうね。いい?必ず帰ってくるって誓って」
「もちろん。」
「お前に与えたその耳飾りはただのお守りじゃない。何かピンチが訪れた際に強力な結界が発動して守ってくれる。寂しいが、早めの巣立ちだな」
両親は立ち上がってあたしの方へ歩いてくる。
ぎゅっと強く抱きしめられる。暖かい。初めて家族の温もりを感じる。
「行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
出発はお昼過ぎ。
あたしは革の鞄に手帳とペンを入れる。何年かかっても、何十年かかっても見つけ出す。全ての情報をこの手帳に書き連ねることにする。
「えっと…ツキ…なのよね。」
「うん、せっかくもらった名前を捨てたみたいでごめん。」
「いいんだ、どんな名前でもどんな過去があろうと、父さんたちの子だ。」
「ツキ、ほら、これ持ってって」
パンと水筒、小袋の中はチャリチャリと音がするがきっとお金だろう。
「ありがとう。行ってきます、またいつか」
こうしてツキは果てしない世界の旅路を走ることとなった。
空月に会うのは何年後なのか、何十年後なのか、はたまた何百年何千年繰り返すことになろうとも、空月を見つけ出すと誓う。ただいまと言える日が来なくなるのは嫌だけど、空月を孤独にさせてしまうほうがもっと嫌だから。何千先も待ち続けてるかもしれないあの少年を、救い出したい。
ツキは昨日跨いだ境界線がある町の路地裏に入った。
「必ず見つけだしてみせる。」
閉じかかっている小さな歪んだ空間を見つけた。その空間にそっと手を伸ばす。すると空間は静かに開きだした。この世界と別世界の境界線。一歩踏み出せば、そこにはあの嫌な世界が待ち受けているだろう。前世いた世界。空月があの世界のどこかに潜んでいるはずだ。
「あたしがいてあげなくちゃ」
ツキはゆっくり足を空間へ伸ばした。境界線を跨いだ瞬間、少女は世界から姿を消した。




