転がる君、廻る世界
「なん・・・で?」
バタッと音を立てて転がったのは、ツキだった。
「ああ、ああ、うわあああああああああああああ!!!!!!」
残された空月は絶叫した。その声に人々は狼狽える。
空月は近くにいた巨漢の姿へ変身し、人を一人殴り殺した。その様子に我に返った町人たちは武器を構え、突撃する。だが空月は止まらなかった。さらに力のある人間に変身し、殴り続けた。矢が腕に突き刺さっても止まらない。
ツキの痛みはこんなもんじゃなかったはずだ、日常的に暴力を振るわれ、助けてくれる人もいなくてずっと孤独で戦ってきて、結局自分のために肉壁となり命を落としたのだ。悔やんでも悔やみきれない。
空月は涙を流しながら戦い続ける。やがて腕は筋肉が肥大化し、化け物染みた力へと変える。そう、空月は本当の化け物になってしまったのだ。ただ普通に生きたかった普通の少年。それが現在、巨大な肉の塊となった腕を振り上げ頭を潰し続け、血飛沫を上げる。斧や槍などの武器を変身能力を応用し、自分の体の細胞を変化させ作り上げ、それを投げ、逃げる人間の頭を貫いた。
「あ、あ、悪魔だ。あいつは、悪魔だ!」
自分の身体を流れているのが自分の涙なのか、自分の血なのか、返り血なのかもわからない。
全てが終わったその場所に、空月はうつろな目をして立っている。彼の姿は、もう人間を辞めていた。
10歳の少年はこの日を境に怪物へと変貌した。
【XXXX年 曇り某日】
「お母さんどこー?」
赤い宝石の耳飾りを付けた金髪の少女が林で迷子になっている。もう少しで雨が降りそうな曇り空。
少女は雨宿りできそうな大きな木の下に避難する。
「うーん、間違えて能力使っちゃったかなぁ」
そんなことをぽつりとつぶやく。
「能力?」
「そう、能力・・・って、あなたはだあれ?」
知らない声が聞こえて、声が聞こえたほうを見ると黒い影が立っている。雨がぽつぽつ降ってきたみたいだし、この人も雨宿りだろうかと考える。隣へ移動し、その姿を目にした。
白いシャツを中に着て、茶色い上着、青いズボン、そして茶色の革靴を履いている。
緑色の髪、猫の髪留め。顔には火傷跡があり、なにより引き込まれるのはその赤い瞳。
「さぁ、我は誰だろうか。それより、お前の能力がなんだって?」
なんだか不思議な声をしている。女の子の声がするはずなのに、男の子の声が少し混ざっているような。
「うーんとね、『世界を跨ぐ』能力があるの!ここじゃない別世界のきょーかいせんがあってね、そこをえいって飛び越えると別の世界にいけるの!」
「そうなのか。ぜひ、見せてほしいものだ」
「いいよ!あたし今迷子なの!だから、家のある世界線を探すの手伝って!」
「ああ、いいだろう」
不思議な出会いをした二人は雨が止むのを待った。しばし無言の時間が流れるが、やがて雨が過ぎ去り、虹が架かる。
「わぁあ!きれい!じゃ、雨も止んだし早くさがそー!」
少女のあとに続いていく。水たまりをばしゃばしゃを踏みながら遊び、泥だらけになっていく少女。
林を抜けた先には青い青い湖が広がっている。
少女は手を差し伸べて言う。
「手、繋いで。ここにきょーかいせんがあるの。一緒に飛び越えたら私の世界にたどり着くはず」
差し伸べられた手を握る。少女はえいっとジャンプした。すると、この世界から二人は忽然と姿を消した。
二人はレンガ造りの街の中に現れた。手を離して少女ははしゃぐ。
「帰ってこれた!」
「ほう…これは面白いな」
「でしょ!でもあなたを先に元の世界へ戻さないと」
「それは問題ない。我は自分で帰れる」
「そうなの?ところであなた、お名前は?」
「我が名は…空月」
「くう…げつ?」
その名前を聞いた瞬間、少女の頭がズキりと傷んだ。
頭を押さえ込んで、痛みが引くのを待った。
「いてて…なんで急に…?」
痛みが引いて、空月のいた方に目をやると、もうそこに空月の姿は見えなかった。
「あれ…?もしかして、ほんとに自分で帰ったのかな」
少女は家に帰ってご飯を食べてお風呂に入っても空月のことが引っかかっていた。初めて会ったはずなのに、なぜか知っているような気がしていた。
「気のせい…だよねきっと」
布団に丸まって考えるが何もわからなかった。暖かい布団のおかげで気づけばぐっすりと眠りについていた。
───色とりどりの花が咲き誇る花畑。そこにひとりの少年が立っているのが見えた。
あの少年を知っている。近づこうと足を1歩踏み出した。だが突然、身体が地面に叩きつけられた。身体が動かせない。花畑だったはずなのに、突如花が枯れ始め、緑が生い茂り、目の前には森、背後から川のせせらぎが聞こえている。少年は振り返らない。知らない人間たちがたくさん森の中から出てきて、少年に攻撃を始めた。逃げてって声を出そうとしてもなぜか声も出せない。時間だけが回っている。目の前の少年を見つめていると、少年の身体がぐにゃぐにゃと変形し始めた。
「はぁっはぁっ・・・」
勢いよく飛び起きるとまだ夜が降りているのがわかる。ぐっしゃりと汗で濡れているのを感じる。
「今のは…夢?いいや、違う」
ゆっくりと目を閉じ、胸に手を当てる。
あたしは知っている。あの背中を、あの名前を、そしてあの姿を。
「思い…出した。そうだ、あたしの名前はツキ。17歳で死んだんだ。あの日、あの花畑を越えた先で。全部、全部思い出した。前世の全てを。空月はあたしだと知ったうえで接触してきたの…?いや、でもあたしは名乗ってないし、何より転生した今を知る方法があるわけない。じゃあなんのために…?」
考えれば考えるほどわからない。
「とにかくもう一度接触しなくちゃ。でも、あのとき自分の世界へ帰れるって言ってた。つまり、あたしの能力をコピーした…?もうこの世界にはいないのかもしれない。世界の境界線はいくつも存在している。何年かかるかわからない。長い長い旅に出ることになる。たった10歳のあたしが親の元を離れて旅をする許可が下りるなんて思えない。だけど、今の両親ならもしかしたら理解してくれるかな…」
ツキが転生した先の家庭は前世と比べてとても暖かい家庭だった。温かいご飯を作ってもらえて、一緒にご飯を食べて話して、休日にはピクニックに行ったり遊んだり、頭を撫でてもらったり。前世のような苦しい日常とは全く違った。能力を持っていても恐れることなく、利用しようとするでもなく、ただ一緒にいてくれる両親。そんな両親ならば、この話を信じてくれるんじゃないだろうかという小さな期待。
「とにかく、今日はもう寝よう…。明日、話し合おう」
ツキは布団を被ってもう一度眠りについた。
次は夢を見ることなく、ぐっすりと。




