その幸せは崩壊へ。
「かわいい坊や、わしらはお前の味方だからね。」
抱きしめられて、体の細さを感じ、懐かしくなる。
「ほら、あんたの好きなトマト、今日はたくさん採れたから、たくさんお食べ」
懐かしさを感じる声と言葉が聞こえた。
ここは畑だろうか。きゅうりにトマト、なすとか野菜がたくさん生えている。
なんだか懐かしい気持ちになる。トマトを口の中へ放り投げた。
そこで途切れた。
「ああ、夢か。なんで懐かしく思ったんだろう」
身体を起こして着替え始める。ツキは今日も来るだろうかなんて考える。ツキといるときだけが僕の喜びの時間だ。早く会いたいし、長くいたい。
「そういえば、僕の話ばかりで、ツキからちゃんとツキの事情を聞いたことはあったっけな」
よくよく考えればツキの事情をよく知らない。なぜあんなにも痣をつくって、傷だらけで、火傷もしてて、誰にやられているのかとか詳しく聞いたことがない。しゃべりたくないのなら仕方ないけど、力になりたいって思った。ずっとツキのことばかりが気になってしょうがない。
「ああ、早く来ないかな・・・」
ぽつりとそんな言葉がこぼれていた。
ツキは玄関付近で倒れていた。昨日の夜首を絞められ気絶したのだが、二時間経ったくらいに強い衝撃を背中にぶつけられ、目を覚ました。記憶を見て怒り狂った父親がツキを蹴ったのだ。
「あんな気色の悪い顔をした化け物に餌をやってたのか!」
怒鳴り声を上げながら何度も何度もツキは蹴られ続けたのだ。どれだけ痛くてもどれだけ涙が溢れてもおかまいなしに蹴られ、髪を引っ張られ、大切に付けていた猫の髪留めを投げ捨てられた。顔もたくさん殴られて体はどこもかしこも痛みでいっぱいで痣がいくつもいくつも増えていく。
「そうだ、あの化け物を殺そう。町のやつら全員に声をかけて化け物退治だ」
「やめてっ!」
「うるせぇ!!!」
鳩尾に蹴りが飛んできた衝撃でツキはまた気を失ってしまった。
次に目を覚ましたとき、時間はお昼に近づいていた。
「くう、げつ・・・」
弱弱しい声が出た。なぜ自分はこんなにも無力なのだろうかと感じた。
「まもらな、きゃ」
家を飛び出した。町は普段よりずっと静かでとても恐ろしく感じる。
「まっててね、必ず助けに行くから」
泣き虫でまだ幼い空月を守るため、彼女はただひたすら走った。普段はゆったりとした道を使っているが今は時間がない。普段は使わないが近道であることがわかっている獣道へ突っ込んでいく。大人たちは急になっていたり狭くなっている整理されていない道は絶対に使わない。だが子供である自分は普段から遊んでいるためこういう道に強い。最短で、空月の元へ急ぐ。
「この先にいるはず!」
がむしゃらになって走る。枝が顔に当たって傷が増えても関係ない。痛みなんて感じない。空月のことだけを考えて走り続ける。
花畑へたどり着く。それと同時に空月が慌てたようにやってきた。
「空月!早く逃げて!」
「ツキ、人がっ突然たくさんやって来て、小屋を燃やそうとしてるんだっ」
「ごめん、ごめんね。あたしの父親が空月を殺そうとしてるんだ。だから早く走って!」
「わ、わかった」
ツキは空月の手を引いて花畑を駆ける。
「話す余裕はないから、あたしの記憶を共有する。嫌な記憶だけど、しょうがない」
「大丈夫だよ。僕ツキのこともっと知りたい。どんなことがあってもツキがいれば大丈夫、僕ばかり話を聞いてもらってた。だから、今度は僕の番。ツキの話を受け止める、ツキの全てを頂戴」
「・・・わかった。」
走りながらツキは能力を発動させる。
空月の頭の中に、ツキの記憶が流れこんでいく。
母親に熱湯をかけられ、できた顔の火傷の記憶。料理を失敗して殴られ蹴られ一日中ご飯を抜きにされた記憶。はるか昔にいたたった一人の友達に猫の髪留めをもらった記憶。友達が事故で亡くなってまた孤独になった記憶。あまりにもお腹が空いて盗み食いをして、相手の記憶を抜き取ってなかったことにした記憶。頭を掴まれ、水の中に突っ込まれて息ができなくて苦しんだ記憶。夜になるとなにをされるかわからない恐怖で眠れない記憶。空月との楽しい記憶。ご飯を空月に分けていたのがバレて蹴られたり髪を引っ張られた記憶。
ツキの人生の全ての記憶が走馬灯のように駆け抜けた。
「ツキ、ありがとう。」
「・・・うん」
二人が花畑を抜けようとしたとき、背後から声が聞こえた。
「いたぞ!化け物だ!子供だからって手加減はするな!恐ろしく赤い目をしていたんだ!」
空月はびくっと震えるがツキは手を握りしめて走り続ける。森の中なら撒けるかもしれないと小さな希望を抱いて。
「二人で逃げなきゃ」
だが後ろからどんどん人の声が多くなるのを感じる。
「はぁ、はぁ・・・」
呼吸が乱れ始める。背後に大人たちが迫っている。ここで立ち止まるわけにはいかない。
「おい!化け物ともう一人いるぞ!」
「きっとそいつも化け物に違いない!忌み子だ!」
そんな声が聞こえる。
「ツキ、僕と一緒に来たから、ツキまで・・・!」
「いいの、あなたを殺させはしない!空月、せめてあなただけでも!鳥になれるんでしょ?それで逃げて」
「ツキを置いてけないよ!」
「大丈夫だから、この先は川がある。あたしは川を泳いで逃げる。必ずあとで合流できるから」
その言葉は半分嘘である。平気なフリをしているだけでほんとはもう体力が尽きかけている。川についたとしても泳げる力はほぼないだろう。
「信じていいの?」
不安そうな顔を浮かべる。ツキは笑顔で言う。
「早く行って、空月」
空月はその顔を見て、小鳥へ変身して空を飛ぶ。
「そう、それでいい。」
森の向こうに川が見え始める。だが背後から馬の足音が響き渡る。馬の脚と少女の脚ではもちろん比べ物にならない。森を抜ける瞬間、ツキは化け物退治の大人たちと対面した。
「あの化け物はどこへいった!怪しい力でいなくなったように見えたぞ!」
「さぁ?よく知らない。」
そう返した瞬間、ツキの左腕に激痛が走った。
「あっがっ・・・!?」
左腕へ視線をやると、矢が肉を貫いて血がぼたぼたと垂れていた。
その様子は上空にいた空月の目にすぐ入り、ツキを助けようと落ちてくる。
「次は右腕だ。早く言ったほうがいいんじゃないか?」
「はぁ、はぁ・・・」
恐怖と痛みが身体中をぐるぐると駆け巡る。小鳥の空月が下降してきてるのがわかるとツキは笑って言った。
「誰が、教えてやるもんですか・・・ほら、さっさと殺しなよ」
ヒュンと音を立て空を突き破る。宣言通り矢は右腕に突き刺さった。ツキは激痛でその場に倒れこむ。
「やめろぉぉぉぉ!!!」
空月の叫び声が辺りに響いた。元の姿に戻った空月がその場に着地した。
「お願いだ、やめてくれ、僕の命はここで尽きたっていい。でも、その人だけはやめてください・・・」
空月は頭を地面につけて懇願した。
「く・・げつ・・・だ、め」
「お願いします、やめてください」
ただひたすらに懇願した。もう大事な人が傷つくのは見ていられなかった。そんな目にあってまで守られたくなかった。守ると決めたのだからここで逃げちゃいけない。
「化け物をやっちまえー!」
「赤い目をして気味が悪い、きっと悪魔だ。ここで殺せ!」
殺気が増していく。空月めがけて弓を引く。
(そう、これでいいんだ。ツキを守れるなら、命なんて惜しくない。)
空月は覚悟を決めた。立ち上がり、ゆっくりと目を閉じる。出会って間もない小さな思い出を振り返って、噛みしめて、これで最期なのだと感じる。
矢が空気を切る音が聞こえ、死を直感する間の時間が長く思えた。
心臓をぶち抜かれる。バタッと音を立てて転がる死体。




