幸せを噛み締める
あれから何日経ったか。
ツキと出会って楽しい時間ができるようになって、戻らないと思っていた幸せが戻ってきたような気がする。この場所だけは二人の世界。
ツキの眩しい笑顔、優しい手、包み込んでくれる安心感に僕は心を緩めている。
この先も一緒に歩みたいのなら、僕の隠していた力のことを話さなければいけないのではなかろうか。
彼女なら僕のことを受け入れてくれるかもしれない、いや、既にこの醜い顔を受け入れてくれているのだ、僕はツキを信じたい。花畑に寝転ぶツキに僕は近づいた。
「あの、さ」
自分でもわかるくらい震えた声。心臓の音が嫌というほど聞こえてくる。どうか、嫌いにならないでくれという気持ちが大きくなって、いっぱいいっぱいになる。
ツキが起き上がり僕の方を見た。その顔は普段と変わることはなく、優しくてかわいい顔。
「ツキ、に、知ってほしいことが、あって」
「なぁに?」
優しい優しい声が聞こえて少し安心し始めた。それでも怖いことには変わらない。
「僕ね、実は…色んな生き物に姿を変えることができる力を持ってるんだ」
きっと馬鹿げた話だと思うだろう。人が他の生物に変わることなどできないのだから。
怖くてぎゅっと目を瞑ってしまう。
「この力を持ったのは最近のことなんだけど、こんな顔してるから、ほんとのほんとに化け物だってきっと思うよね・・・」
言った。言ってしまった。彼女は僕の傍から消えてしまわないだろうか。それとも、罵って誰か人を呼んできて僕を殺すのだろうか。嫌なことばかりが頭の中を駆け巡った。
「大丈夫だよ、あたしも…不思議な力を持ってるから」
予想外なその言葉に僕は驚きを隠せなかった。
「え…?」
目を開けるとツキは体を起こして話し出した。
「あたしはね、記憶を扱う力がある。あたしが見たことや聞いたことは絶対に忘れないし、他人の記憶や自分の記憶を共有できたり、他人の記憶を1部切り取ったり。」
「そう、なんだ…」
「だから一緒だよ、大丈夫。空月のことは怖くない。だから安心してほしい。」
なんでこの人は笑っていられるのだろうか。なぜ僕はずっと泣いているんだろうか。ツキはいつも笑顔だけれど、頑張っているんだとわかる。僕は怯えているだけ。人を笑顔にすることなんてできずに醜い顔で人を怖がらせるばかり。
「ツキ、見てて」
せめてこの人には笑っていてほしい、楽しんでいてほしい。これは泣いてばかりの僕からの、ほんの小さな恩返し。名前をくれてありがとう、僕と一緒にいてくれてありがとう。そんな気持ち。
大きく息を吸って、僕はこの力を使った。ツキの目の前で小さな小鳥になって羽ばたいてみせた。
「わぁ・・・!」
ツキは嬉しそうに笑ってくれた。その顔がとても愛おしい。守られるばかりじゃなくて、守ってあげたい。僕のほうがまだ小さいけれど、必ずこの人を幸せにしたい。そう思った。
「空月、君のそれは素敵な力だよ!」
いつまでも、いつまでも、この幸せを噛み締めていたい。僕たちは日が暮れるまでたくさん笑って、たくさん遊んだ。握り合った手を離したくないと思いながらも、暫しの別れの時間がやってくる。
「あたし、帰らなきゃだ」
「うん、また来てよ。」
「じゃあ、またね」
ゆっくり手を離して、ツキは森の外へ走り出して行った。誰にも邪魔されない二人の時間は終わってしまった。
そう、終わってしまったんだ。
この日を最後に。
「おい、ツキ」
帰宅してすぐに私は力強い手に首を掴まれた。その声は、その手は、大きな体は父親。17歳のあたしなんかが決して敵う相手ではない。殺されるんじゃないかって本能で感じた。手をどかそうともがいても息が苦しくて力も入らない。
「あ、が、」
首をぎゅぅっと締め付けられて苦しくて苦しくて仕方がない。なぜ、急にこんな目にあっている?考えて、最悪な答えだけが導き出される。その答えにたどり着くと同時に父親が口を開いた。
「お前、最近よくほっつき歩いてるみたいだな。それと比例してか最近米の減りが前より多い気がするんだが?」
大丈夫だと思い込んでいた、それを言われる。嫌だ、あたしのせいであの子の身に危険が迫ってしまう。
手足が痺れてきた、目がチカチカする。
「まぁいい、お前の記憶を見せろ」
(まずい、だめ、守らなきゃ…あの子を…。)
意識が遠のいていく中、記憶共有が勝手に発動されていくのを感じる。
ああ、おしまいだ。せっかくの幸せが…。
世界はいつも、残酷だ。




