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青年への思い


 目の前で、大天使が音を立てて倒れる。


 8層のフロアボス、【ホド】。【栄光】とも表記されていたその大天使は、取り巻きとして守護天使ラファエルを従え、炎の天使術を操る敵であった。


 それが激戦の末ようやく倒れるのを見届けて、その場にいる者たちは歓喜に声を上げた。

 『解放軍』、『フラッシュアーク』、『大鷲』、その他攻略組。

 そして、『愚者の盾』を含めた、精鋭たちである。

 そんな命をかけた者たちが集まるボス部屋で、


「……なんとか死人を出さずに済んだ」


 『解放軍』総長アルヴァは安堵の溜息をついていた。

 その隣で、副長であるユンがレイピアを床に突き刺しながら同意した。


「危ないところでした。総長の結界盾が間に合わなかったら、どうなったことか……」

「そうだね、そのあたりをもっと徹底させよう」


 ユンとの話し合いで今後の方針を固め、アルヴァは視線を移動させた。

 そこには二人の『武芸者』がいる。





「なんとか、勝てたねっ」

「……はい、そうですね」

「それにしてもユウナちゃんのエンチャントすごかったね! アレがなくちゃ、攻撃なんて通じそうになかったよっ」

「……錬成石の方が、役に、立ちました。」

「ユウナちゃん……」


 ミンと呼ばれた者が、ユウナと呼ばれた少女を案じるような目で見る。


 ユウナは、手の中に収まる拳大の宝石を見つめていた。


 一人の青年の、発明物を。






 『虚空の淵』が壊滅してから、二週間。

 戦力増強を図り、攻略だけでなくプレイヤーの保護にも力を入れてきた。その成果として8層まで攻略は進んでいたが、

 攻略組に残された傷跡は、大きかった。





 《生命樹》から抜け出し、アインの中央広場まで戻った攻略者たちは、非戦闘員の感謝と労いの言葉を受けていた。

 そのなかで、8層攻略を祝して宴会をしようという声も上がる。

 それが次第に広がり、全体の声となったところでアルヴァが指揮をとる。攻略組合同の慰労会の開催が決定する。

 完全にお祭りムードとなったその場で、ミンはユウナへ声をかけた。


「宴会だって! ユウナちゃんいこうよっ」


 いつもと変わらず跳びはねるような明るさで誘うミンであったが、ユウナの表情に色はなかった。


「……いえ、まだ攻略は終わりじゃ、ないですから」


 ごめんなさい、とその場を後にしようとするユウナに、ミンは慌ててその後を追う。

 そこで、二人にかけられた声があった。


「ユウナちゃん、どこに行くのお?」


 気安い言葉遣いに、振り返るユウナとミン。だが、そこには二人の知り合いはいなかった。ただ、肉付きのいい体をした男が、口唇を上げて笑っていた。


「……誰ですか?」


 お祭りムードに触発されて話しかけてきたのだろうと、ユウナはどうでもいい様子で尋ねる。

 そんなユウナの様子に気づかないまま、男は口を開いた。


「ひどいなあ。さっきの【ホド】戦で、ユウナちゃんの盾をやってたじゃないかあ」


 そう言われ、ユウナは視線を上げて記憶を探る。

 その中には、ユウナから少し離れた位置で大天使の腕振り払い攻撃を受け、弾き飛ばされていた盾戦士の姿がたしかにあった。


「……そういえば。でも、私の盾ではありませんでしたよね」

「ユウナちゃん、行こう?」


 事実のままどうでもよさげに淡々と話すユウナと、男から離すようにユウナの腕をひこうとしているミン。

 一方で、ユウナに自分の言葉を否定された男は、目元をピクリと動かした。


「い、いや、でも、僕もユウナちゃんを守ったからさあ。今夜ある宴会で一緒にのまないかなあって」

「私、宴会に出席しないので。……それでは」


 声になんの抑揚も付けないまま、ユウナはミンとともにその場を後にした。向かう先は『愚者の盾』の酒場である。


 去っていくユウナたちの後ろで、


「……僕は、ユウナちゃんの盾なんだよ……?」


 そうつぶやく男が、喧騒の中で残されていた。







 『愚者の盾』の酒場。

 そこではいつも幾人かの女性が仕事をしている。

 酒場の給仕であったり、アイテム作成だったり、はたまた攻略やエリアボスの情報整理であったり。

 そして、その女性たちは全員が『愚者の盾』の一員である。

 そこに、ユウナとミンが顔を出す。すると、カウンターでなにやらウィンドウを操っていた女性がゆったりと微笑む。


「おかえりなさい。ユウナさん、ミンちゃん」

「ただいまー、リアナさんっ」


 ミンが元気よく言い、ユウナが軽く会釈をする。

 それに、酒場の美人女将リアナが「お疲れ様」と労った。そのままユウナに向けて口を開く。


「どれくらい?」

「……二時間後に」

「わかったわ、しっかりおやすみなさい」


 リアナの言葉を聞き終わらないうちに酒場の二階へと向かうユウナ。それを、ミンは心配そうに見送った。


「……ユウナちゃん、大丈夫かな」

「あら、大丈夫よ。しっかり寝てるもの」


 二時間のどこがしっかりなんだろう、と首を傾げるミンに、リアナは何かを思い出すようにして笑った。


「だって頭領なんて初めの頃、不眠不休でエリアの天使殺しをやってくれたんだもの。三週間ぐらい」

「三週間っ!?」


 一人の青年を思い浮かべ、驚愕。それにリアナが可笑しそうに笑った。ミンは笑わなかった。


「……レンは、ほんとに死んじゃったのかな」

「ばかね、あの人が死ぬわけないじゃない」


 どんなに絶望に立たされても、励ましてくれた。

 どれだけ希望が見えなくても、立たせてくれた。

 私たちに、『愚者の盾』という帰る場所を作ってくれた。

 彼は、私たち『愚者の盾』の頭領だ。


 だからここに、帰ってきてくれる。


「不思議ね……あの人が死ぬ姿なんて、想像ができないんだもの」

「でも、守ってもらうのは格好わるいよ」

「そうね、皆で強くならないと」


 そう言って、二人で笑った。

 強くなる。それを目標に。

 手始めに、ちょうど帰ってきたシュリを連れて、経験値上げの予定を組む二人であった。




  ◇◆◇◆




「……」


 酒場の二階に設けてもらった自室。そこにたどり着いて、私はベッドに倒れ込んだ。

 かつて、この部屋を使っていたのは一人の青年だった。

 私はゆっくりと深呼吸をした。データで出来たこの世界に、残り香なんて感じられるはずがないのに。

 あふれる涙。それをそのままにして、私は目をつぶる。

 一分も無駄にはできない。速く眠り、疲れを取り、また出かけなければ。

 もともと彼がしていたエリアボス潰し。それを『愚者の盾』の協力の下こなしている。近々、【世界(タヴ)】が再湧出するかもしれないという。《生命樹》の大天使に匹敵するそれを、倒さなくてはいけない。


 怖い。


 死んだらどうしよう。


 青年は、これを一人でこなしていたという。

 それを考えるとどうしようもなくなって。


「レンくん……」


 私はかすれた声で呟きながら、意識を手放した。




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