目覚め
血に濡れた右手。その手にかかる鮮血が、俺の右手を焼いているように熱い。
命が漏れ出ているようなそんな状況で、それでも彼女はやさしく笑った。
「……ありがとう、ございます」
安堵したような、でも悲しそうに怜美は言った。
「きっと、貴方は……私のことも、背負い続けるんでしょうね」
「俺はそんなやつじゃない」
「そんなやつ、ですよ。貴方はとっても、やさしい」
怜美はそう言って、笑った。その目は、どこか遠くを見ていた。
「この監察区の問題は、根が深いです。きっと、偏見や差別の目が、向けられます」
「そうだな。ここにはゴミしかいない」
俺の言葉に、怜美は俺を見た。
そして、呼んだ。
「蓮葉、柊一郎さん」
「……なんだ」
怜美は決意を込めた視線を向けると、残り少ない力を振り絞った。
「お願いします。子どもたちの……帰る場所に、なってあげてください」
「依頼は受けない」
「依頼では、ないです。お願い、です。それに……」
そう言って、渾身の力で怜美は身を起こした。
そのままそっと顔を俺に近づけ、離れる。
俺の唇に、仄かな熱が残った。
「これ、が報酬、です。お金が、いるなら、そこの刀でも、売っちゃってください」
「……」
「はは、貴方でも、そんな顔、するんですね」
まんまるお目々です、と嬉しそうに笑う。俺は、何も返せない。
そこで、彼女の身体から急速に力が抜けてきた。
「……あ、もう、眠く……」
そして彼女は最期に満面の笑みを浮かべる。
「楽しかったです、柊一郎さん。貴方も同じように思ってくれていたなら」
うれしい、と。
それを最期に、怜美は動きを止めた。
俺に、のしかかってくる。
それは身体にも、心にも、重くて。
「図々しいやつ」
俺は怜美を横たえると、刀を手にとった。
それを、ゆっくりと抜く。
「報酬を受け取ったなら、仕方ないか」
その切っ先を前へと向けた。
そう言えば、伝えたかったのかもしれない。
俺も楽しかった、ということを。
その後、入江の処理で俺たちは保護されることとなる。俺は入江たちに協力して仕事をこなす代わりに、生活の補助を受け、生きた。
ガキ共の保護者を務め、監察区内との常識の違いに苦しみつつ、俺たちは生きる。
今では俺も学生となり、高校に通えるようになっている。ガキ共も、早い奴は中学に進学し、俺の手を煩わせている。
だから。
だから、俺はここで終わるわけにはいかない。
怜美の願いを、無下にしないために。
怜美の存在を背負い続けるために。
俺は死ぬことなど、できない。
◇◆◇◆
――――悲惨な記憶の追体験……成功。
――――精神崩壊確認されず。
――――精神攻撃レベル最大……突破。
――――条件達成を確認。ダンジョン『虚空の淵』クリア。
――――クリア報酬を追加しました。
無機質な声が聞こえたと思うと同時、周りが知覚される。そこは、どこか深い洞窟のようであった。
聞こえてきた言葉の意味を理解し、俺は状況を把握した。
「……死ななかったか」
長い夢で固まったように感じる身体を伸ばしながら、俺は視線を鋭くし、周囲を見回した。
「……でも、まだっぽいな」
――――虚空の淵に囚われた悪魔が解放されました。直ちにこれを殲滅してください。
そんな告知とともに現れる異形の怪物達。周囲を取り囲むように、それが何十何百と増え続ける。
近くの悪魔に斬りつける……が、切り飛ばすつもりの一撃がかすり傷しかつけられない。
「ち、面倒くさいな」
葬刃で片付けきれるか、と疑問を浮かべた時、再び頭に告知が響いた。
――――クリア報酬により称号が追加されました。
称号。
その場に合った称号を一つ設定することで、特殊な効果を期待できるシステム、だったか。
試しに、俺は追加された称号【深淵を越えし者】をつける。
両手に、黒いオーラを纏い始めた。
「気持ち悪いな」
そこで襲いかかってきた怪物の首をひねる。
呆気なく、悪魔は事切れた。
「……なるほど」
洞窟の闇に紛れるようにしてひしめく怪物どもを見て、
「実験体には困らないか」
と、獰猛に嗤った。




