存在の意味
その時だった。けたたましく空気を叩く音を立てながら、ヘリが上空に現れ、屋上に武装した人影が舞い降りてくる。
「来たか」
「総帥、ご無事ですか。これからヘリにて脱出を」
「させるか」
俺が一歩踏み出すと、怜美もまた道を塞ぐ。
「どけ」
「嫌です」
舌打ちを漏らし、及川獅郎に目を向ける。
逃走を図ろうとしている。
しかし、それは叶わなかった。
「な、なんだっ?」
降りてきたばかりの人影が、突如空中へと舞い戻る。繋がれた紐ごとヘリが移動したのだ。
「何をしている!」
及川獅郎がそう叫ぶのと、上空でヘリを追い払った別のヘリが見えたのはその時だ。
その運転席を見て、
「……さすが少尉」
俺は笑みにも似た表情を浮かべると、腰に手をかけた。
そこには、入江の部隊から拝借したコンバットナイフがぶら下がっている。
それを見て顔を引き攣らせるのは、及川獅郎である。
奴は自分が身に付けていた一振りの刀を腰から外すと、怜美の方に放り投げた。慌てた声で、怜美に言う。
「そ、そこの男を斬れ!」
「……はい」
名前も呼んでもらえずに足元の刀を拾う怜美の姿を見て、俺は何も言わず歩を進めた。
怜美が進路を塞ぐ。
「……おまえに何が出来る」
「……」
口を閉ざす怜美の横を、通り過ぎる。
しかし、
俺はすぐに立ち止まった。
「……おまえ」
俺の首筋には、刃が忍ばされていた。
怜美が、俺の予想を超える形で刀を振るったのだと、そう気づくまで時間がかかった。
怜美は口を開く。
「……あんなでも、父ですから。柊一郎さんに、殺させません」
しばらく、沈黙が続いた。
開始は、突然だった。
俺が刀を弾くのと同時に、始まる。
斬り合いは、熾烈だった。
俺が腱を斬ろうと近づけば、異常な速度で刀が振るわれる。
その速度は、女が出せるものではなくて。
「ドーピングか?」
「身体限界の超過ですよ」
ドーピング特有の血管の拡張はない。単純に限界を引き上げるために自己暗示をかけている。
怜美はポツリと呟いた。
「――葬刃」
その時、刀の速度が更に上がった。
右手のナイフを当てて、ギリギリを躱す。
俺は、異様な技に目を見開いた。
「全身の関節を同期させて、最高速度を出したか」
「初見でバレるなんて……一応、及川秘伝ですが」
言いながら、再び葬刃と呼ばれた技が迫る。
俺でも見切るのが精一杯で。
俺は、初めて、畏れを抱いた。
この女が、これを身に付けるまでにどれほどの血反吐を吐いたのか。吐かざるを得なかったのか。
「さっさと排除しろ!」
及川獅郎の一言とともに、怜美の口から語られる。
「人体実験まがいの訓練と教養習得と、その他諸々。学校にも通わずに、私は頑張ったんですよ?」
言いながら、葬刃は迫る。迫る。迫る。
俺はそれを受け流し続ける。
「いろんな子が友や恋やで楽しそうに生活してる中、私は頑張りました。……頑張りました、頑張りました」
「……」
「頑張ったんです! ――打突!」
怜美が身体を出して踏み込み、その勢いを全て刀の先に集中させる。衝撃をのせたそれを、俺は受け流すこと無く、躱した。
ナイフを触れさせれば、弾き飛ばされていただろう。
なおも、怜美の激情は続く。
「それなのに、私はここに残されました! 祖母も亡くなりました! 私は……私の存在がわからなくなった! 居場所のない子どもたちを集めて、学校ごっこをしていたけど、それも私の自己満足で!」
怜美が腰溜めに刀を構えた。即座に斬撃に移る。
「……――私はなんのために!」
喉が裂けるような叫びを上げ、葬刃が繰り出され、わずかにブレた。
俺はそのブレをかいくぐり、怜美の懐に入った。
そして、
トン、と。
左腕で、怜美を抱きしめた。
「……よく、頑張ったな」
「あ……」
重いものを下ろしたような表情で、怜美は涙を流す。
俺は左手で怜美の頭を撫でてやる。
「……」
そして、右手では、
怜美の腹部に、ナイフが突き立てられていた。




