日常に戻ること
翌日夕方、食糧集めが終わったあと、部屋に戻って俺は怜美とガキ共に言った。
「明日俺は少し出る。食糧はある分を食ってろ」
それだけ言うと、もう終了とばかりにその場で横になる。俺の勉強体勢だ。
これまで幾度かあった俺の不在。その連絡にガキ共は少し残念そうな顔をしつつも、いつものことと勉強へ集中し始める。今日は高校生レベルの化学である。
いつものように特に予習もなく怜美のいう内容を理解する俺はそのとき、
「……」
なぜだか不安そうな顔で俺を見ている怜美に気づいた。
勉強も終了し、設けてある自由時間。
俺は珍しく、ガキ共と戯れていた。
飛びかかってくるガキ共を合気で捕らえ、投げ飛ばす。投げ飛ばされたガキは、空中で体勢を整え、着地。何度も俺へと飛びかかってくる。
「戯れるってレベルじゃない……」
怜美が苦笑してそう言うのを、俺は首を傾げる。ガキ共全員が笑顔なのに遊びではないというのだろうか。
「怜美ねーちゃんも一緒にやろうよ!」
謙斗が、怜美にそう言って、怜美はブンブンと首を横に振る。
「無理だから!」
「「「えー!」」」
残念そうな声を上げるガキ共。その隙に、俺は全員の襟首を掴みにかかった。
片手に四人ずつ。
ぶらぶらと揺れる感覚に、ガキ共が一層騒ぐ。
そのときだ。
ドアが思い切り開け放たれ、見知らぬ男が入ってくる。そのどれもが野卑た表情でガキや怜美に迫る。
ケモノだ。
しかし、俺は動くことをしなかった。
気がつけば、ガキ共が男たちの顔面に蹴りを入れているからである。
うめき声をあげて動きが鈍る男たちに追撃を加え、行動不能に追い込み、外に放り出す。そこから俺が遠くへ捨ててくる。
ここ何度か似たような事があり、ガキはもう充分強くなった。
それを見た怜美は、複雑な表情で首を傾げた。
「精神的には無垢な子供のまま、というのが不思議でならないです……」
「自らを害する者には容赦を失くす。それだけだからな」
俺が怜美に答えると、彼女はくすっと笑顔を見せてきた。
「……なんだ?」
「いえいえ。柊一郎さんも変わったなと、思って」
俺が変わった?
このゴミ溜めでケモノとはいえ人間から略奪し、命すら幾つか手にかけた俺が?
言われるままに思い返せば、確かに怜美たちが来てから殺しをしていない。それどころか、略奪すら、減っている。
この変化が果たして良いものであるのかは分からないが、おそらくこれは怜美のせいだろう。
「……柊兄」
近づいてきて、俺に張り付くようにする瑠璃。
それを優しい目で見る怜美。
それを見て俺は、これもいいか、などと思ってしまったのだ。
「はいはい、みんな。もう寝る時間だよ?」
怜美の号令に「えーどうせ兄ちゃんが夜中に奇襲かけるじゃん」などと反論しつつも、寝床につくガキ共。
俺は気まぐれを発動させた。
「俺も明日は忙しい。今日の奇襲はなしにしてやる」
「え、ほんと!」
ガキ共が嬉しそうに横になる。いつもより深い睡眠に入ろうとしているのだろう。睡眠の程度も、変えられるようになっている。
「柊兄、ありがとう」
俺は鼻を鳴らしてそれに答えると、背を向けて寝た。
しばらくして。
「……柊一郎さん」
「なんだ」
ガキ共が寝静まった頃に、怜美が声をかけてくる。
「明日は、どこに行くんですか?」
「遠出に狩りだ」
「……」
ごっそり食糧を取ってくることを狩りと称しているため、こう言う。
しかし、怜美は疑うような雰囲気だった。
だからだろうか。
「……この生活が終わったら、どうするつもりだ」
俺はらしくもないことを聞く。
それに、特に驚いた様子もなく、怜美は答えた。
「この子たちの面倒を見るために、働きます」
「財閥でか?」
「はい」
学校に行ける余裕はなさそうですから、と怜美は笑った。俺は特に何も相づちを打たなかった。
ただ一言。
「そうか」
「……はい」
それで会話は終わる。
すでに真夜中近く。数時間後には出発である。
そのまま黙って怜美が寝るのを待とうとした時、その怜美が言った。
「……柊一郎さん」
「なんだ」
「好きです」
「そうか」
「……驚きませんね」
「俺はイケメンだからな」
慣れない言葉だからか、少し舌足らずになってしまう。それに可笑しそうに怜美は笑った。
笑ったまま、こう言うのだ。
「財閥で一緒に働いてくれませんか? ……一緒にいて欲しいです」
「泣き落としなんて慣れないことはやめろ」
俺は怜美の心中を察していた。
どうやら俺の能力というのは万能型らしく、どんな分野でもすぐに理解してそこそこやれてしまうため、人材として役に立つようなのである。
俺の言葉に口を噤む怜美。
ただ、すこし怒ったように口を開いた。
「……でも、一緒に働きたいのは本当です」
「……」
それに俺は、答える言葉を持っていなかった。




