変化
「おい」
そう声をかけると、怜美たちに群がっていたケモノたちが俺を見た。
その瞬間、うち数人があからさまに顔を蒼白にする。どうやら俺のことを知っているようだ。
そいつらがじりじりと下がろうとしていることから意識をそらし、俺は口を開いた。
「ソイツは俺のだ」
一歩踏み出す。
獲物を取られると思ったケモノ共が、奇声を上げて俺に飛びかかってくる。
首、腹、顔にそれぞれ向かってくるケモノ共に、
「……」
俺は容赦なく迎撃する。
一人目の目を潰し、二人目の肋骨を打ち抜き、三人目の首をへし折った。
一人目以外は、即死だ。
「ひぃ……っ!」
様子見をしていた他のケモノが怯えた声を出し、後ずさる。
じろり、と睨みつける。
殺気。
「――失せろ」
最初から逃げ腰だった連中も含めて、腰を抜かしながらケモノ共はその場から逃げ出した。
しかし、そのうちの一人が端で怯えていた瑠璃に目がいく。ニヤリと笑ってそちらへ足を向けた。
俺は一言口にする。
「謙斗」
口にした時には、男の悲鳴が上がっている。謙斗が、瑠璃を狙っていた男の股間を潰したからだ。錯乱して振りかざされる暴力も、危なげなく回避している。
それに驚いたような顔をしているのは、謙斗自身と瑠璃だった。
そして俺は、
「おい、巣はどこだ」
目を潰されて大人しくなった男を締めあげて、駆除にとりかかった。
ケモノ共の巣を潰してから、住処へと戻る。
そんな俺に向けられるガキ共の視線に、戸惑った。憎悪が消えていた。
「……」
それに鼻を鳴らして部屋に入り、飯を取り、いつものように寝転がったときだった。
とてとてと近づいてくるガキが一人。瑠璃だった。
「あ……あの……」
「なんだ」
「ぁ……」
返事すると思わなかったのか、少し驚いたような反応を示して。
瑠璃は笑顔で言ったのだ。
「あ、ありがとう……」
「ツケにしといてやる」
テキトーに対応した俺のことばにニッコリと笑うと、瑠璃はガキ共のところへ戻っていく。そこには、俺への憎悪など綺麗サッパリ消え去っていた。
これは、よくない。
そう思い、ひとつ痛めつけるかと立ち上がった時、
「ありがとう、柊一郎さん」
俺の目の前に、怜美が立った。
俺はそれにつまらなさそうに返す。
「次はない」
「はい、ありがとうございます」
真っ直ぐに、俺を見る。
そんな姿勢から俺は目をそらす。すると、怜美は笑顔で続けた。
「貴方は、優しい人です」
何言ってんだこいつ、という俺の表情を無視して、怜美は優しい笑顔で続ける。
「お祖母ちゃんが言っていた意味も、今ならわかりました。ありがとうございました」
でも、と怜美は続けた。
「やっぱり貴方は、寂しい人です」
「おまえ、何を言っている?」
「だから、この生活が終わるまで、私が傍にいます」
絶句する。
こいつは何を言っているのか。
俺には全く理解することができない。
「……身体でも使えということか」
「ち、違います!」
そう言って自分の身体をかき抱く姿は、常の怜美であった。
それでも、俺に向けられた慈愛に満ちた視線を黙殺し、
「……いいから寝ろ」
俺は再び寝転がった。
時間を選ばずガキを痛めつけ、食糧を集め、寄って来るケモノを処理する。そんな毎日が続いていた。
最近ではガキ共もマシな動きを見せるようになり、食糧集めに使えるようになった。それと同時にして、俺もなぜだか怜美の授業を受けることになっていた。受けたところで、全て理解していたが。
「シュー兄ちゃん、この問題なんでわかるの? 習ってたのか?」
「いや、教育を受けたことはない。理解すれば解けるだろう?」
「シュー兄ちゃんって意外と天才ってやつなのかっ!」
俺がそれに裏拳を繰り出すと、目の前にいた謙斗が仰け反ってかわす。
殺気も乗せない不意の一撃を、こいつはかわしていた。
これなら、生きてはいけるだろう。
俺はそう判断すると、寝転がった。寝ようとする。
「あ、昼寝っ? 俺もするっ!」
「じゃあ私も!」
「俺も!」
ガキ共はそう騒ぐと俺の周りで寝転がり始めた。最後から二番目に近寄った奴に、不意の回し蹴りを放つが、避けられる。
「騒ぐな、黙ってろ」
「「「はーい」」」
仲良く返事をするガキ共の声に、俺は内心首をひねった。
なぜだかガキ共に懐かれていた。
特に謙斗と瑠璃の懐き方が異常である。俺の後に続くように毎日過ごしているのだ。
「あ、あの、柊兄……ここ、いい?」
「黙れ、勝手にしろ」
「う、うん……」
そう言って俺の背中に瑠璃がくっつく。
そして、それを温かい目をした怜美が「お昼寝のあとはまたお勉強だからねー」と言う。
俺一人の時とは全く異なる部屋の雰囲気。はじめはかなりの抵抗感のあったそれだが、
「……」
悪くはないか、と俺はいつもに比べて少し深めの睡眠に入った。




