異界の狂人
廃マンションから表に出ると、見慣れた瓦礫の通り。あちらこちらで獣の目をしている浮浪者に近づく。
「言え。女はどこ行った?」
浮浪者は怯えたように指差す。
俺はその方向へ駆け出す。
散々鍛えられた脚力が、高速で視界の景色を流す。
しかし、気配は捉えられない。
「……くそが」
俺は無意識にそう漏らすと、加速した。
……指差した浮浪者の口が、ニヤリと歪んだのも知らずに。
◇◆◇◆
私は怒り心頭だった。
「お祖母ちゃん、いい人なんかじゃないよ……!」
少し前に私や他の子供達を庇って亡くなった祖母を思い、口から愚痴が漏れる。かつて祖母が偶然出会い、その素質に驚いたと言った少年。
及川の血を引く者は人の素養を見抜くのが得意とされている。それは、幼い頃から多くの人に触れる副産物のようなものである。
そんな一族の中で一際相手の本質を見抜く力を持った祖母が、あの少年、柊一郎に驚いたと言ったのだ。そして、いざというときは頼らさてもらえと言ったのだ。
私はよくわからなかった。
でも、悪い人ではないと感じていた。
いい人とも言えないが。
「……早くあの子たちを探さないと」
そう、呟いた時だった。
向かう先からすすり泣きが聞こえた。
私は走る。
路地裏の奥、そこを更に曲がったところにようやく見つけた。
「謙斗くん! 瑠璃ちゃん!」
「「おねえちゃん……っ!」」
二人寄り添うように蹲っているのを見つけ、私は安堵の息を漏らす。
二人に向かって手を差し伸べる。
「さ、帰ろう?」
二人の身体に傷がないことを確認して、私はそう言った。
二人は、動かなかった。
「ん? どうしたの?」
「おねえちゃん……っ」
謙斗くんのほうが震えた声で言う。その顔は恐怖に染まっていて。
瑠璃ちゃんも顔面蒼白で。
二人とも、私の後ろを見ていて。
「え……」
振り返ると、知らない男性が十人近く立っていた。
いつのまに。気付かなかった。
そう思う間もなく、
「っ!」
私は壁に押さえつけられる。
「おねえちゃんっ」
そう叫んだ瑠璃ちゃんも、首を掴まれ、壁に押し付けられる。
謙斗くんは、押さえつけられることもなく、殴られたり蹴られたりしていた。苦しそうなうめき声をあげている。
二人とも、と叫ぼうとしても、喉を掴まれて声が出せない。そんな私を、男は舌なめずりして見て言った。
「上物じゃねぇかぁ……俺はこいつにするぜぇ……」
「おい……ソイツは全員分だぁ……勝手に決めるな……」
「俺はいらねぇ。代わりにそのメスガキもらう」
「俺もだぁ」
ゾッとした。
この男たちは、人を人と思っていない。ただの性欲のはけ口としか……。
そう考えた時、私の喉をつかむ男が言った。
「まぁいいぜぇ……終わったら、俺は目ん玉がいいなぁ……?」
思考が止まる。
性欲だけじゃない……?
まさか、食欲も……?
私は意識が遠のきそうになるのを必死に堪えた。
私の前で足だの腕だの話している男たち。その目は既に光はない。狂ってしまっているのだ。状況の悲惨さと、自らを襲う恐怖と、飢餓に。
一人で飛び出すんじゃなかった。
柊一郎さんに頭を下げてついてきてもらうんだった。
あの人が快くついてきてくれるとは思えないけど、交換条件でもなんでもすればよかったんだ。あの人は、等価交換なら動いてくれるのだから。
そう思っても、助けは来てくれない。
それでも。
そうだとしても。
「たす……け、て……」
堪えきれず、涙が流れた。
そして、
「おい」
そんな、聞き覚えのある声がして。
「あ……」
私は溢れだす感情に、涙の色を変えた。




