訪れる変化
「及川鈴とはどのような関係だったんです?」
「餌をくれる者ともらう者」
「……えっと、柊一郎さんの身の振り方を導いたんでしたっけ」
「知ってるなら聞くな」
「あ、ちなみに私のお祖母ちゃんなんですよ」
「聞いてない」
先程からピーチクパーチクと俺に話しかける女が、どことなく気が楽になったように微笑んでいる。
餓死で野垂れ死のうとしていた俺に食物の備蓄人という考えをもたらした老婆、及川鈴。目の前でアホ面晒しているこれは、その孫娘だという。
俺は端的に尋ねた。
「ババアは死んだか」
「……」
それで察した。
俺は立ち上がって、部屋を出ようとする。
しっかり依頼を受理したはずの俺が、自分たちを置いていっていると感じて、及川怜美は慌てたように口を開いた。
「ど、どこへ!」
「便所」
静かになった。
俺はこの上なく面倒くさいという顔をして、周りに気配がないことを確認してから部屋を後にした。
かつて餓死寸前の俺に食べ物を分け与え、食べ物を余分に確保して交換商のまね事をするように知恵を授けた及川鈴。
その等価交換として、1つだけなら依頼を聞いてやると伝えていたが、その依頼は孫娘が持ってきた。鈴は死んだという。
当たり前か。
俺は復興区という名の糞溜めについて考え、やめた。
無駄なことだ。
俺は外の通りに出て、肥えていそうなやつを襲い、食料を手にする。その後、踵を返して住処に戻ろうとする。その足取りは重かった。
言うまでもなく依頼内容のことである。
「……孤児院か?」
「違います。家族です」
「それで、ガキどもにここで生きる方法を教えろと」
「はい! きちんと生きていけるまで、その護衛もお願いします」
「おまえがやればいい」
「怜美って呼んでください。私は勉強を教えるので!」
「必要ない」
「いります。いつかここが復興するときに! その時は来ますから」
「大金持ちが投資してくれるってか」
俺が言った言葉に怜美は大きく目を見開いた。
「知ってたんですか」
「なにが」
「私の素性です」
それに俺は眉をひそめる。
及川財閥。
手広いジャンルへの先見の明のある投資で大きくなった一族である。
俺は納得顔で頷いた。
「まあ、おまえは馬鹿そうだからな」
「怜美って呼んでください」
馬鹿は否定しないらしい。
俺は、再び確認した。
「ガキ共の護衛と訓練でいいんだな?」
「はい!」
その言葉と同時、俺は手近にいたガキ一人を蹴飛ばした。ソイツは面白いように飛び、壁にぶつかって止まった。息が詰まって苦しそうである。
「なにするんですか!」
「訓練なんてここで通じるわけがない」
続けて俺は、全体に殺気を向けた。ビクッとガキ共と怜美が反応する。
「殺されたくなかったら生きのびろ」
そう言って、俺はガキ共に拳を上げた。
一通りガキ共を痛めつけると、俺は部屋の端で横になった。
背後から迫る気配に向かって目も向けずに蹴りを入れると、ガキの一人がうめき声とともに転がる。
その目には憎悪の炎。
「それでいい」
俺は面倒くさそうにそう言うと、目を閉じて安静に入った。
視線を感じる。
「なぜ、そこまでするんですか」
抗議に満ちた怜美の声に、俺は答えない。ガキ共を見れば一目瞭然だからだ。
本能に刻まれた強い感情と行動は、無意識でも自分を助ける。
「あなたは……とても寂しいです」
そんな声を聞いたかと思うと、俺の意識は静かに浅く沈んだ。
それからの日々は、それまでとは大きく違いながらも過ぎていった。
夜中ガキ共が寝静まった頃に再び痛めつけることで周りへの警戒を促し、自分を守るために相手を傷つけることに遠慮をしないことを覚えさせる。
ガキは成長が早く、自分の身を守るだけならだいぶいいとこまでいっていた。最近では丑三つ時の急襲にも反応するようになっている。
そして日が高くなれば、怜美がガキ共に勉強を教えていた。聞くとそれは中学生向けの内容だという。ガキ共はまだ一桁の年にもかかわらずだ。
まあ、俺が鍛えているせいで体格はかなり引き締まったガキ共だが。
「それじゃ、この式が解ける人―?」
怜美がそう言うと、ガキ共は全員が手を挙げる。
そしてそのうちの一人を怜美が指名しようとしたところで、
「アイツはできねえのかよ」
ガキの一人がそう言った。
その視線は俺を捉えている。
俺は欠伸をして、口を開いた。
「6」
それは式の答えである。
ガキ共は目を見開いた。
怜美も驚いていた。
俺は眉をひそめる。習っていなくとも、理解は出来るのだから、解くことは出来るだろう。
そして俺は発言したガキを見た。
「侮辱は格下に使え」
その言葉とともにそのガキの近くにいた他のガキ共が急いで離れると共に、俺はそのガキをいつも以上に傷めつけた。
それを、怜美が止める。
「柊一郎さん! やめてください!」
「やめない。ここで生きるには必要なことだ。嫌なら俺を殺せ」
そんな日々が一ヶ月ぐらいは続いていた。
以前からの食糧集めに加え、ガキ共を痛めつけ、怜美に説教される。怜美の言う「その時」が来るまで続くと思われた生活。
そこに一つ波紋が生じた。
「柊一郎さん! 謙斗くんと瑠璃ちゃんがいません!」
食糧集めから戻った俺に、怜美がそう言って近づいてきた。それに取ってきた食糧の半分を押し付ける。
「知るか」
俺はそのまま部屋に入ろうとする。それに怜美がすがりついてきた。その声には必死さが篭っている。
「依頼したじゃないですか!」
「自分から出て行ったガキは対象外だ」
俺は面倒な護衛を少しでも楽にするために、部屋から出ることを禁じていた。それにもかかわらず出て行ったのだから知ったことではない。
それに怜美が顔をゆがめると、
「私、行ってきます!」
そう言って飛び出した。
俺は部屋に戻って横になろうとする。しかし、目の前に残りのガキ共がいて俺を見つめていた。
その視線は、いつものように憎悪が宿っていながら、助けを求めているような色が混じっていて。
「……部屋から出るな。水を汲んでくる」
俺はそう言って、部屋を後にした。




