過去
「た、助けてくれよぉ……っ! しょうがなかったんだ……!」
今まで這うように逃げていた男が、行き止まりで命乞いを始めた。
男は俺が蓄えていた飯をほんの少し奪ったのだ。
「しょうがないんだ……しょうがない……」
「確かに、飯がねぇと辛いよな」
男の右腕と左足はあらぬ方向へ曲がっている。明らかに折れており、それも相当の苦痛をもたらしているものであった。
男は失禁しながら、こちらに対して縋るような笑顔を向けた。
「な、な? 許してく――」
「しょうがないよな」
そう言って、笑った。嗤った。そのまま男の首に手をかける。
「おまえが死ぬのは、しょうがない」
ぱきょっと軽い音とともに、男は動かなくなった。それに何の気持ちを抱くこともなく、立ち上がる。
「新入り、ここは『異界』だ。無駄なことなんだよ」
西暦2030年。
日本を未曾有の災害が襲った。
天災である。突如空気中に火花が散るという単純なものであったが、それが爆発物に引火し、被害は甚大なものとなった。
原因はプラズマであるなどとマスコミでは報道されている。しかし、実のところよくわかってはいない。ただ、自然の脅威を示されたことだけは確かだった。
そして、その災害は局所的であったがために、日本には被災地ができてしまう。そこは『復興計画区』などと呼ばれるものの、いまだ空気中の発火は日常的に起き、復興など出来ていなかった。
そこにはいまも多くの人々が存在する。
しかし、それは正常ではなかった。
突然の災害とその後の生活環境によって、狂ってしまっていたのだ。
日常的にプラズマの走る場所を本格的に復興させようとする物好きな行政もなく、狂った人々を収容する施設も用意はできず。
結果、『復興計画区』は公には明かされないよう隔離されていた。
中の者が表に出ないよう公安の特殊組織が動いており。
そこは、『異界』と呼ばれた。
そうした過程を経て、この俺、蓮葉柊一郎はこの異界で生きていた。




