逃走
「そうか……強いんだな、キサラ」
「い、いえ……っ。私一人では……」
そう言って上目遣いをしてくる彼女に微笑みかけていたときだった。
「来たぞ。ユアンさんだ」
スケルトン男のそんな声に、俺は奥から姿を現した男に目を向けた。そこにはアインでまみえた男が悠々と現れていた。
白髪と黒瞳、白い詰襟裾長の服を纏いながら、その男は嗤っている。
その存在感に、荒くれ者どもがそのおしゃべりな口を閉じた。
訪れる静寂の中、ユアンは朗々と言葉を発する。
「欲望を抱える者たちよ! 今ここに宣言する! この世界を理想郷へと導くため、我々『虚空の淵』が正義を掲げると!」
ユアンが拳を掲げると同時、その場から地を揺らすほどの雄叫びが放たれる。元来自由気ままに欲望を叶えてきた者たちが、ユアンという旗印の元で、団結していた。
その中で俺は周りに合わせて雄叫びを上げつつ、身を隠した。ユアンに見つからないよう、場の隅の方へと移動する。
ユアンの演説は続く。
「攻略組などと名乗る者たちは、上層を独占し、経験値を俺たちへ流さないようにしている! 強さを、分け与えないようにしている!」
事実無根なことにも、ユアンの堂々とした口上によって真実と錯覚させられている。演説を聞いていた者は、たとえ正常な者でもこう思うだろう。
攻略組が、多くの蜜を独占している。
「強さ! そんなものを独占したから奴らが正しいのか? 違う、正しいのはこちらだ! 奴らに強さを独占させてはならない!」
雄叫び。その場の熱気に満足したようにユアンが歪んだ笑みを浮かべた。
そして、と、ユアンは嗤う。
「そんな攻略組の一人が、この場にいる!」
ユアンがそう口にした途端、俺からけたたましい音が鳴った。
慌てて確認してみれば、門番から貰った整理券がアイテムストレージ内で点滅していて。
急いで削除するものの、すでに俺は注目されてしまっていた。
ニヤリ、とユアンが嗤う。
「『愚者の盾』頭領、レン」
俺がその場から駆け出すのと、ユアンが口を開いたのは同時だった。
「その男を殺れば、手柄だ! やれ!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」」」
殺意。
「……チッ!!」
俺は逃げ出す。愉悦に顔を歪めた犯罪者共が俺を追う。
広間から逃げ出す時に目だけを向けてみれば、そこには、
色の名を持つ幹部たちの歪んだ笑顔と、
「……」
ユアンの真剣な表情が見えた。
◇◆◇◆
「今すぐ向かわないと! レンくんがっ!」
「ユウナ、落ち着いて。すぐ向かうから、ユウナは『解放軍』のバックアップ隊を率いて――」
「私は前線に出ます!」
「駄目だ! ……ユウナにはエンチャントで支援をしてほしい」
そう言いつつも、兄さんの顔には私を危険に晒したくないと書かれている。
でも、私はじっとしていられない!
「アルヴァさん。ユウナちゃんを前線に行かせてくれないかな」
「ミンちゃん!」
ミンちゃんが私に賛成してくれている。それに兄さんはわからないという顔をした。
「ミンくん……しかし、ユウナのエンチャントは大きな戦力に――」
「ボクの魔法で、ユウナちゃんの周りの敵は殲滅するから」
そう言うミンちゃんは、なにか抗いがたい気迫を放っていて。
「……分かった」
それに、兄さんは気圧され、渋々と頷いた。
私たちは急いで態勢を整えると、『虚空の淵』へと向かう。
付近にいた一般人は避難誘導し、門番は捕らえる。レンくんが着けている腕輪の記録からダンジョンの構造を割り出し、作戦を立てる。
無駄な戦力分散を控え、各自小隊長の指示に従う。
そう取り決めが成され、まさに踏み込もうとした時だった。
レンくんの腕輪からの反応が、消えた。
「っ! 突入!」
兄さんの掛け声で、私たちは作戦を開始する。
レンくん、無事でいてください……!




