雲という存在
「ところでよ、ここの頭ってどんな奴なんだ?」
「あ? ロイド、知らねぇのかよ」
「気前の良さそうな奴ってことしかな。どうなんだ?」
「ユアンさんはすげぇ人だ。ここだけの話、俺たち――」
そう言って、スケルトン似の男がその場にいる俺以外の男を示した。俺たちというのは合計五、六名の犯罪者共のことらしい。
「――実はユアンさんを襲ったんだけどよ」
「ホモか」
「ちげぇよ。俺たちを束ねようなんて考えがウザくてな、殺そうと思ったんだが」
「殺せなかった、と」
「それもAMなしでだ。しかもアレは何かの武術を嗜んでいるっていうんじゃねぇ。生き残る術を身につけてる動きだ。容赦なく俺らの急所を潰してきやがった」
この世界では、たとえ金的を潰されようとHPゲージが全損しない限り死ねない。それを逆手に取った無力化の方法は、こいつらの言ったような急所潰しだろう。
――やはり同類か。
俺はユアンと名乗った奴の動きを思い出していた。
「で、おまえらは晴れて女になったと」
「きめぇよ。ポーション飲んだら治った」
「それこそキモいな、おい」
潰れた部分が元に戻る場面を想像しながら、俺は顔をしかめる。周りも思い出したのか、うぇ、という顔をしていた。
と、そこで、顔の良い給仕の女が近くを通りすぎようとしていたのを、スケルトン男がその腕を掴んだ。
「きゃっ」
「ネェチャン、ちょっと俺の世話をしてくれよぉ?」
そう言って嫌がるのも構わず近くに引き寄せているスケルトン男のヨダレ垂らしそうな顔を見て、俺はその頭をはたいた。
「っつぅ……なにしやがるッ」
「キモすぎるぞ。こうやれよ」
俺はそう言うと、スケルトン男から離れようと動く給仕を受け止める位置にサッと動いた。
女を胸で受け止める。そのまま耳元で囁いた。
「名前は?」
「……き、キサラです」
「キサラ。美味しい酒を注いでくれないか。おまえに、注いで欲しい」
そう言って直近で目を合わせる。
キサラは落ちた。
「ケ、言ってることは変わんねぇじゃねぇか。これだから顔のいい奴はよぉ」
「キサラ、こいつにも注いでやってくれ。寂しがりやなんだよ」
「は、はい……あの」
「ロイド、と呼んでほしい」
「はい、ロイドさん……っ」
「これがロイドの手口か」
周りの男どもの感心を感じつつ、キサラを隣に置いて、俺はキサラに二、三尋ねた。
どうやらここにいる給仕は犯罪者というわけではなく、荒くれ者の相手が出来るぐらいの腕を持った女性が回されている仕事であるらしい。
キサラ自身も曲刀使いとしてそこそこ強いとのこと。
そのまま俺は、世間話を重ねていった。
◇◆◇◆
むかむか、としていた時。
「ユウナちゃん、ちょっといいかなっ」
と、ミンちゃんが声をかけてきた。ミンちゃんは聞かれたくないのか、少し離れたところにいる。私は、受信した映像を見ている人の輪から抜けだして向かった。
私がミンちゃんのところまで行くと、ミンちゃんは少したじろいだ。
「ど、どうしたのっ?」
どうやら怖い顔をしていたらしい。いけないと思って、考えていたことを頭から追い出した。
「ははあ」
しかし誤魔化せなかったようで。ミンちゃんはニヤニヤとした笑いを浮かべた。それでも可愛いこの子は、少しずるいと思う。
「ど、どうしたの?」
「レンでしょっ。キサラさんとかいう人を口説いてたもんね?」
ごまかしは駄目らしい。
私は血がよく巡ってしまう顔面を感じながら、少し頬をふくらませた。いわゆる拗ねた顔というやつだ。これでミンちゃんはより私をからかおうとすることを、私はいつまでも学習しない。
しかし、ミンちゃんは真面目な顔をしていた。
「……ユウナちゃん、どうするの?」
「? どうするって、なんのことです?」
意味を捉えきれなかった私は愚直に聞き返した。それにミンちゃんは少しためらったように息を止めた後、
「……いつ、レンに想いを伝えるのかな?」
そう、言った。
「……え」
「レンはね、捕まえないと、駄目だよ」
私の反応に確信したのか、なにやら寂しそうな顔をしてミンちゃんは言う。それに私は思わず反論しようとして、
「……」
できなかった。
そんな私に、ミンちゃんは笑った。そこに潜む異常なまでの不安に、私の顔は強張った。ミンちゃんは言う。
「レンは、捕まえないといけないよ。……そう、捕まえないと」
「ど、どういう意味です?」
私の問いかけにミンちゃんは懐かしむように目を細めた。
「レンはね、雲みたいなんだ」
「雲?」
「そうだよ。遠くから見る分にははっきりしているのに、近づいたら捉えられない。そして、いつのまにか離れていくんだ」
その表現に、私は何かが引っかかった。
どこに、と考えた時にはすぐに答えが出る。
レンが好意を向けてくれているか、ということを自問した時と同じだった。
「ユウナちゃん、レンのことが好きなんでしょ? なら伝えないと。じゃないと……」
いつのまにか、わからなくなるよ?
そんな言葉に、私は絶句した。それでも、道理だと感じた。
しかし、私の口からは別の言葉が漏れた。
「ミンちゃんもレンくんのこと好きですよね? ミンちゃんはどう……」
そう言った時、ミンちゃんは、
「……ボクは、無理なんだ」
そう、悲しく言った。
その言葉の意味を測りかねるユウナは、それでも静かに決意した。
「そう、ですね……レンくんが帰ったら」
そのときは。
雲を、捕まえよう。




