敗北から
視界の端に燐く白刃に身を反らそうとするも、鋭い痛みが脇腹へ抜ける。その速度は、凄まじいほどに速く、その攻撃をもたらしたのは、
「君の相手は僕ですよ」
俺を斬ったであろうナイフを右手にした、ユアンだった。
俺は回想する。奴が口にした言葉を思い出し、それが単なる偶然でないことを知る。
「その技……」
「《葬刃》」
瞬間、迫る刃に俺はいなそうとして、失敗。手が深く斬られてしまう。ユアンの剣筋には、白い光の残像が残っていた。
そして、その名は間違いない。
「痛みはあるはずなんですが……おかしいですね」
俺の技を、かなりの精度でシステム的に再現する。
AM。
それを創りだす者。
「おまえ……《創作家》か」
「そうですよ……《アドカット》」
言った途端、ユアンの両手にあるナイフが交差され、俺の首を狙いにかかる。これは、ミンの持つAMだ。
それをスウェーで躱した後、回し蹴りを放つ。それをユアンは見て嗤って、
「《葬刃》」
俺の足がユアンを吹き飛ばす。しかし、凄まじい量の赤のエフェクトが足から飛び散っていた。俺の足は、見るも無残に引き裂かれている。
「本当に、君の痛覚はどうなっているんですか?」
「普通だろ」
最早呆れるようにして言うユアンを不快そうに見て、俺は『翠雨』を取り出そうと、片手でメニューを操作する。その間に、ユアンはスクリーンショットを一枚取る。
そして、ユアンは嗤った。
「目的遂行。これより撤退」
なに?
俺が状況確認するより早く、ユアンが素早くその場を後にする。それを追うことにすぐに見切りをつけて、俺が皆を見るとそこには、
「レン……」
俺の方を情けない目で見てくるミン。その手にはメルファの炎に耐えられなかったナイフが残っている。
その横にはユウナが弓を油断なく構えながら立っていた。
そして。
「ぐ……」
メルファの手にする槍の穂先から荒れ狂う炎を受け止めるようにして、アルヴァが、その膝をつかされていた。
「案外楽だったわねぇ?」
そう言って、メルファも俺たちから距離を取り、一つのアイテムを取り出した。
転移メダル。
慌てて追撃をかけようとするアルヴァたちを尻目に、それを弾き上げ、
「これから、面白いことになるわよぉ? 楽しみにねぇ」
そう言って、蒼光とともにその姿を消した。
そして、俺たちは、
「……」
システム的には無傷でありながら、これ以上無い敗北を味わったのだった。
それからしばらくして、アイン全域へ散っていた『解放軍』や『愚者の盾』の組員たちが戻ってくる。
帰ってきたシュリの報告によると、アインで暴動を起こしたのは間違いなく『虚空の淵』であり、主に先導したのは《蒼海》《紫電》《碧風》などと呼称されていた者たちだったという。
俺は、それだけ聞くと『愚者の盾』に任務へ戻るよう指示。なにか言いたそうな表情をしている奴らを無視して、俺はそのまま酒場へ向かおうとした。
そこでユウナが声をかけてくる。
「レンくん」
「どした?」
「……足を引っ張ってごめんなさい。それと、これからの行動について会議があるので参加をして貰いたいです」
申し訳無さそうなユウナを見て、俺はアルヴァの方を見つつ口を開く。
「『愚者の盾』代表としてはシュリに行かせる。『虚空の淵』の情報はまとめ次第、教えてくれ」
「れ、レンくんは?」
「俺は疲れたから、先に帰る」
言うやいなや踵を返す俺に手を伸ばすユウナ。しかし、その手は俺に届かぬまま中途半端な位置で停止した。
アルヴァが続けてやってくる。
「……すまないと思ってる」
「士気が下がるのは『解放軍』だ。ちゃんとフォローしとかないと後が辛いぞ」
「わかった。……作戦会議には声をかけるから――」
「その時は行く」
会話を終え、ミンが他のやつと真剣に話しているのを確認してから、
「……」
俺は転移メダルで酒場へと飛んだ。
システム制限で建物内には転移できないので、酒場の前に到着。そこから扉を開けて中に入ると、そこにはなにやらウィンドウを操作していたリアナがいた。
彼女は俺を見ると、形の良い眉を少しひそめた。
「頭領。貴方の言った通りになったわ」
「そうか」
俺がカウンターに着くと、リアナは可視化したウィンドウを俺に向けた。それを覗きこむと、そこにはこう書いてある。
【『解放軍』もあてにならない。この世界は永遠のものである。我々『虚空の淵』はこの世界での平穏を守るため、正義を振るう】
正義。
この言葉に、俺は顔を引き攣らせた。
「これは数ある掲示板の一つに載ってたわ。更新されたのはついさっき」
リアナの言葉と並行するようにして、書き込みの続きが随時更新されていく。掲示板という一つの流行発生装置を用いて、『虚空の淵』の名は急速に広まっていく。
「リアナ、これを他の奴らにも伝えておけ」
「他の奴らというのはどこまでかしら?」
「『愚者の盾』でいい」
俺はそう言うと、「だるい」と口にして頭をガシガシと掻く。すると目の前に火酒のジョッキが差し出された。
「貴方の『だるい』の行動に、どれだけの人が救われたかしらね」
可笑しそうにそういうリアナに、
「大げさだ」
と俺は口にし、火酒を煽った。喉が灼ける。
一気に飲み干し、俺は立ち上がる。
「今の貴方は何者かしら?」
「どこにでもいる一人の《練成鍛冶師》さ。そのあとは、知らないけど」
どこか芝居臭いそのやり取りの後、俺は再び転移。今度は久しぶりの場所に帰ってきた。
モンスターがうろつく、森の入口。
懐かしき我が家である。
転移直後にも躊躇なく襲い掛かる《プレーンリザード》の丁個体の首をへし折りながら、
「さて、始めようか」
この世界での俺の役割を果たすことにするのだった。




