オーリ・アイネ
「……こんなのが暴動と言えるか」
俺は疲れた目をして、呟いていた。
しかしその言葉は本人以外に伝わること無く。一人だけ何も言っていないようである俺に、ユウナが気づいたようだった。
「レンくん……? どうかしましたか?」
そんな彼女を見て、俺はなんともなしにいきなり近づくと、その肩を左手で抱き寄せた。
「れ、レンくん……!?」
俺の突然の奇行に、周りの皆も驚く。そのまま俺がもう片方の腕で何をしているかに意識が向き、
襲撃者のナイフを手のひらで受け止めていることに、気づいた。
皆の動きが止まる。理解が追いつかないのだろう。
それに構わず、俺は口を開いた。
「過激な挨拶はお断りしたいんだが。手が痛いし」
「僕の《忍び足》に気づくとは思わなかった。手、痛そうですね」
そう言って襲撃者はナイフを放すと距離をとる。その身のこなしを見て、俺はその男が同類だと知った。
白い髪に黒い瞳。凄まじく映えるそのモノトーンが、その襲撃者の特徴だった。顔立ちは整っており、鍛えあげられたように締まった肉体は、青年のものであるはずなのに練成されていた。
一通り俺が相手を確認すると、胸元のユウナが心配そうに俺の右手を見ていた。
「れ、レンくん……その手……」
「毒はない。優しい奴で助かった」
「お礼は君の死で払って貰いたいですね」
「それは嫌だな」
「でしょうね」
俺と襲撃者の会話に戸惑いつつも、なんとか皆は状況を理解する。俺が自らの手のひらに刺さったナイフを抜くと、そこから赤のエフェクトが散った。しかし街中であるため、ダメージはない。痛覚だけだ。
そして、俺はそのままナイフを襲撃者の隣めがけて投げた。的外れだと思われたその投擲は、しかし甲高い音を立てて何かに弾かれた。
「あららぁ? バレちゃってるのぅ?」
「みたいですね。出てきていいですよ」
襲撃者がそう言うと同時、何もない空間がゆらめき、一人の女が現れる。
燃えるような赤髪。しかしシュリの明るい朱色ではなく、赤黒いと形容するべきものだ。それに加え同色の瞳。そして紅色基調の服装はどこかチャイナドレスを思わせ、隣にいる青年の詰襟裾長の白の服と合わせて、どこかアジア圏の民族衣装のようであった。
その姿を見て、アルヴァが歯を食いしばって声を漏らした。
「『虚空の淵』……ッ!」
「この人たちがっ!?」
ミンの驚きを肯定するように、襲撃者である青年が口角を上げて嗤った。
「『虚空の淵』所属、『無彩』のユアンと言います」
「同じく『紅玉』のメルファよぅ?」
二人の名乗りに、全員が一瞬たじろいだようだったが、すぐにアルヴァが立ち直った。しかし彼は名乗り返すことはしない。
誰か知らずに襲撃などしないと考えたからだ。
「大方、ご明察」
そんなアルヴァの考えを見透かしたようにユアンが嗤った。
「『解放軍』総長の《騎士》アルヴァさん、《影》ユンさん、《戦巫女》ユウナさん、《銀閃》ミンさん、ここまで大物揃いだとは、予想外。ですが……」
そう言って、ユアンはスッと俺の方へ視線をよこす。
「……君は誰ですか? 少なくとも二つ名は知らないですね」
何気ない一瞥。しかし力のこもったそれを受けて俺は名乗りを上げた。
「俺はリオン」
「嘘ですね」
「……」
……大した洞察力だな。
俺はユアンと名乗った男の視線の先を確認して、息を吐いた。彼は俺の指先、重心、肩の上下を見て、嘘だと判断したのだろう。
苦手なことはするもんじゃないと、俺は嘆息した。
「レン」
「ああ……君があの『愚者の盾』頭領。噂は聞いていますよ。実際、僕達の仕事がやりにくいのも、君のせいですし」
「……仕事?」
途中口を挟んだアルヴァをチラリと見て、ユアンは嗤う。
俺が言った。
「ダメージのない暴動。それで煽れるのは、民衆の不安だけだ」
「……やはり、君が僕らの一番の敵ですね」
ユアンは笑みを崩さないまま不機嫌さを醸し出すという、矛盾した雰囲気を出す。
この都市の表通りには攻略組が多く、存在する店の番も気の荒い連中相手に慣れた猛者。暴動を起こしてパニックを起こすような非戦闘者は、『愚者の盾』が保護しているようなものだ。
『虚空の淵』の企みが不安を煽ることならば、『愚者の盾』が最大の敵となるのだろう。
「後はアルヴァや俺を襲い、人目のつく所で地面に這いつくばらせれば、民衆の心の拠り所が消えるといったところか」
「僕を……地面に?」
アルヴァがそう言い、皆が『虚空の淵』を見る。ユアンは嘆息し、メルファは我関せずといったように欠伸を小さく漏らしていた。
「……レン、『愚者の盾』頭領、大量自殺を防いだ救世主。……君の存在を、計画に組み込み直したほうがよさそうだね」
ユアンはそう言うと、にこりと嗤った。
「二つ名持ちである《騎士》、《影》、《戦巫女》、《銀閃》……目標を目視確認」
「始めるのぉ?」
「はい……作戦、開始です」
パチン、とユアンが指を鳴らしたと同時、
メルファを中心に、巨大な火柱が上がった。
それを境に、街の他の場所でも騒ぎが大きくなる。おそらくこの火柱が合図なのだろう。俺たちはそれに一瞬圧倒され、
「隙あり」
ユアンが傍まで迫っていることに気づかなかった。
俺以外は。
「ねぇよ」
ユアンのナイフを避けるように蹴りを放ち、弾き飛ばす。
嗤い声。
「君は、面白い。――メルファさん」
「はいはぁーい。アナタたちの相手は私ですよぉ?」
そう言うとメルファは、その瞬間に彼女は周囲に幾つもの炎弾を浮かべた。
「《フレアブラスト》ぉーっ!」
「え……?」
ミンがそう呟くと、そのときには炎弾が皆の方へ向かって放たれ、着弾。単純に攻撃したように見えたその光景は、異常に満ちたものだった。
土煙が晴れ、現れたのはアルヴァ。彼のその騎士盾からは、半透明の膜のようなものが広がっており、他の者をも守っていた。
しかしその膜には至る所にヒビが入っている。
「なんて威力だ……僕の盾を」
「しかも無詠唱であんな魔法を撃つなんて……っ!」
無詠唱はよく知られた技術であるが難しく、術の威力に応じて強固なイメージ力が必要とされるため、余り使う者のいない技術である。
それを、使いこなす女。
俺はそれを無力化しようとした所で、
「――《葬刃》」
そんな言葉に思わず耳を疑った。




