重要決定はその場のノリで
「どうしてこうなったのか……」
俺は一人そうつぶやく。
酒場の雰囲気や火酒に流されて大声で言ってしまった俺の言葉は、予想以上に大きく採られてしまったようだった。
まず、シュリが反応。媚薬の効果は完全に消えたらしい。
「腕に自信のあるやつはこっちに――」
そう言って『愚者の盾』の精鋭を集めると、それをシュリは三つに分け、引き続き街の警護する二組と、攻略に参加する一組でローテーションさせるようにした。幹部の中でも警護部隊の統括と攻略参加を交代で行うようにするらしい。
幹部って……何人いたっけ?
頭領として失格な思考をしながら、俺はその様子をぼんやりと見ていた。そして隣へと視線を向ける。ユウナが何やらコールで誰かと話しているようだ。
「――はい、はい……そうです、『愚者の盾』の一部が攻略の方へ参加してくれるそうで……はい、詳しくわかり次第、伝えますね、兄さん」
どうやら、アルヴァらしい。
俺は少し離れたところにいるミンを見た。
元気よく攻略組を主張していた。
「……ミスったかな」
「頭領なのだろう? 発言には気をつけた方がいい」
『鉄鷲』の頭領として似た経験があるのか、少し同情の目で見られた。俺は渋面を作る。そんな表情にエンケは苦笑して、そして真面目な顔を俺に向けた。
「……本当にするつもりか?」
「なにを?」
「攻略組への進出だ」
「あー……」
実際、迷いはあった。しかし俺は、もう潮時だろうと頷いた。
「……そうか」
エンケはそう頷いてしばらく何かを考えている様子だったが、やがて俺に向かって言った。
「意外と考えているのだな」
「失礼なやつだな」
俺は拗ねたように他所を向くと、そこには食べ終わった皿を洗って拭いているリアナがいた。
俺はエンケに一言言ってそこを離れてリアナの元へ向かい、カウンターに腰掛ける。前置きも何もなく、問いかけた。
「……これでよかったと、思うか?」
「貴方は頭領よ、しっかりなさい。貴方の言葉に皆の命がかかっているのだから」
命。おそらく一般よりもそれを実感しやすい位置にいる俺は、その言葉をより意識した。手元にあるグラスを手で弄ぶ。そんな俺に、リアナは落ち着いて笑った。
「私はリナが無事ならそれでいいの」
「シスコンめ」
「そうよ? ……でも貴方にも死んでほしくないわ」
思わず目を上げる。そこには真面目な顔があった。
「貴方は……どこか自分に投げやりなところがあるわ。……自分の命を粗末にはしないで」
「なに言ってるのやら。俺、凄い臆病者だぞ?」
「お願い」
真剣な顔を崩さないリアナ。それに対して俺は笑顔で答えた。
「任せろ。リナは必ず守る」
「……もう」
少し怒ったように、でも穏やかな表情を見せる。そんな俺を信じきったような態度が、俺の胸に軽く刺さった。
そして、俺は酒場の中央へと振り返る。全員が俺の方に注目している。
俺に救われたと勘違いしている奴らを、再び絶望へと突き落とさないように。
俺は声を張り上げた。
「俺たちは『愚者の盾』! 街なんて小さな規模はもうやめだ! どうせならこの世界の奴ら全員を守るぞ、いいなッ!」
応ッッ! と答えた酒場の連中は、その目に確固たる意思を宿していた。
翌日、俺は『解放軍』の本部へと向かっていた。アルヴァに話を通すためである。
「ユウナ、どこまでアルヴァには話したんだ?」
「ぐ、『愚者の盾』が攻略組に参加するというところだけです」
「まあ、それだけなんだけどな」
俺はそう言うと、再び前を見据える。相変わらず高級住宅地というのは、無駄に豪奢な気がしてならない。
ちなみに今、ミンはついてきていない。普段なら俺に犬のようについてくる奴だが、今日の出発直前、
「二人っきりで行ってきなよ。二人っきりでっ!」
とやたら二人きりを強調してから、シュリとともに訓練場の方へといってしまったのだ。おそらく二人で訓練するのだろう。
そのせいで、俺は今気まずい思いを感じているわけだ。
ミンの言葉を意識したわけではないだろうが、ユウナが何故か先程からもじもじとしている。口を開くことは返事以外なく、俺が先程から話を振っているような状態だ。一体どうしたというのか。
そして俺は再び口を開く事になるのだ。
「昨日教えたこと、ちゃんと復習してるか?」
「え……あ、はい、してます。とてもわかりやすかったですっ」
昨日は、約束した通りにユウナの体術指導をした。ユウナは短刀を使うこともあるが、基本後方支援の弓使いなので、咄嗟の移動のための足捌きや、接近戦に持ち込まれた時の敵のいなし方などが主体となる。
合気道のようなものといえば、わかりやすいだろう。しかし俺の教えるものは武道としてのものではなく、実戦に使う型破りのものではあったが。
「反発せず、身体の流れのまま、そらす……」
「まぁ、それでも受けた部分は痛いだろうから、少しは我慢がいるけど」
俺はそう言ってちょこちょこ付け加えていく。
最初は受け答えの硬かったユウナだったが、やはり真面目な性格のようで、次第に俺の言うことを聞き漏らすまいと熱心になっていた。
ふと、そういえば、とユウナは呟いた。俺はそれに反応して、どうかしたのかと聞く。すると彼女は俺の方を見て、不思議そうに尋ねた。
「レンくんはどうして普段刀を使わないんです?」
「……」
俺は、思わず口を閉ざした。しかしすぐに口を開いた。
「いや、刃物って怖いからさ」
「……嘘はやめてくださいって、言いませんでしたっけ」
ユウナを窺う。
怖い笑顔をしていた。
俺はそれを見てしばらく困ったような笑顔を見せると、自分でも思った以上にするりと言葉が滑り出てきた。
「……刀は、嫌いなんだよ」
その声に込められた暗い感情に、ユウナがハッとした。
「……ごめんなさい」
「いや、知ってて欲しかったから、いいさ」
俺はそう言ってから笑うと、強引にその話を切り上げた。しかし内心ではこうも思っている。
名前と同じように、いつか……。
そんなこんなで道を辿り、『解放軍』の本部へとたどり着く。
「前と同じ場所でいいのか?」
「はい、兄さんは基本執務室で仕事してますから。私がいれば、止められることもないと思います」
ユウナに確認をとってから、じゃ行くか、と俺は踏み出す。それに慌ててユウナもついてくる。
単調な灰色の廊下を歩き続け、やがて見覚えのある場所まで来る。俺はユウナに目配せして確認する。
「……」
こく、と頷くユウナを見て俺はその扉の方へと向く。相変わらず無駄に大きな門である。俺はしばらく見上げた後、前を向いた。
開けさせますね、とノックしようとしたユウナを制して、
「たのもー」
と軽く言って、猛烈な強さで蹴り開けた。
扉が壁に思い切り当たって、凄まじい轟音を立てる。いくら門のようとは言え部屋の扉である。内側にいた人物たちは何事かと立ち上がった。
そして俺の顔を認めると、呆れたように笑った。
「……斬新な登場だね」
「マンネリは良くないかと思ってさ」
質問にテキトーなことを言って返す俺を見て、アルヴァは笑った。
そしてその傍らにいたユンは、こちらに向かって突進攻撃AMを使ってきた。
「うおっ」
鋭く放たれたレイピアを、体を傾けて躱す。続けざまに放たれる四連突も同様に躱すと、こちらも呆れたような声色で言った。
「どうしてAMを避けられるんです」
「勘かな。《尺跳び》使えば当たると思うぞ」
「そこまで真剣に狙ったわけではありませんので。とにかく、これからはもう少し静かにいらしてください」
「……すいません」
無表情で淡々と注意を促す副長に、思わず謝罪が漏れる。それにわずかに満足そうな顔になった後、彼女はアルヴァの傍らへと戻った。
そこで、アルヴァが一つ咳払いをする。それで雰囲気がリセットされる。おもわず感心する。
「それで? 『旦那』はどうしてここに? 妹ならあげないよ?」
「旦那はやめてくれよ。……もらえるなら遠慮はしないけど、欲しいとも思ってはいない。今日は相談があってな」
「じゃあ、レンでいいかな? ……それで、その相談というのは、攻略組参加についてでいいのかい?」
「ああ」
俺とアルヴァがそうして状況を話し、意見を言い合う。なんだかユウナが俺の方を嬉しそうな寂しそうな顔をして見ていたが、聞く雰囲気ではなく、後回しにさせてもらった。
しばらく話を頷きつつ聞くアルヴァだったが、しばらくして「なるほど」と呟いた。
「希望交代制で『愚者の盾』の一部メンバーを攻略組の枠に入れて欲しい、と」
「ああ」
「でも名は通ってるとはいえ、世界樹に入ったことのない新参がいきなり攻略組に入ったら、他のユニオンが目を尖らせると思うけど」
「『フラッシュアーク』だっけか。そこと団体試合でもして勝てば問題無いだろ」
「……三大攻略ユニオンの一つだよ?」
「ま、なんとかなるとは思う」
俺の軽い言葉に、アルヴァは少し疑わしげだという反応を示した後、了承した。後日、広い場所を取って、試合を行うらしい。
「じゃ、詳しいことはあとでメッセージとして送るよ」
「うい」
俺は話をつけると、手を軽く振りながらその場を去ろうとした。ユウナが「え?」といった目で見つめてくる。多忙でもないのに急ぐ意味がわからないといったところだろうか。しかし、それよりも俺は早く帰りたかったのだ。
アルヴァの目が、好奇心に輝いていたためである。
彼は興味津々といった様子で俺を見ると、口を開いた。
「まぁそう急がなくても。お茶はどうかな?」
「俺は忙しいんだ」
「ユウナからは、君が一番仕事が少ないと聞いているけど?」
その言葉にユウナの方を見ると、彼女は申し訳なさそうに眉をひそめていた。それを気にしない事にし、俺は構わずアルヴァに背を向ける。
「どうせ、なにか悪だくみしてるんだろ。だるい」
「そう言わずにさ」
「眠い」
「終わったら最高級低反発枕あげるよ」
「言ってみろ」
「変わり身早いね……」
この世界ではめったにない低反発枕の誘惑に負け、俺はアルヴァの方を向く。
すると、彼はニッコリと笑った。
「お互いの実力見極めるのも、一興だったりするよね?」
そう言うと同時、俺の前に、あるウィンドウが開かれる。ここ最近よく見かけているそのウィンドウを見てふむ、と頷くと、
「まあ、確かに」
と、俺は了承ボタンを押した。
こうして急遽、『解放軍』、『愚者の盾』両代表による決闘が行われることが決まったのだった。




