勢いのままに…
なぜだか、筆が進みます。試験からの逃避でしょうか……。
「たっだいまーっ」
「「「お疲れ様です、ミンの姐御ッッ!」」」
ミンが声を出して酒場へと戻ると、男衆の幾人かがミンの元までやってきた。それを見て感心したように俺とシュリが見る。
「あいつ、舎弟作ったのか」
「作った、と言うより寄ってきた感じだろう」
そう言って各々感想を漏らすと、俺は酒場のカウンター、シュリは一度自分の部屋へと足を向けた。
それを見送って、俺はカウンターへと座る。「ああ、疲れた」となんとなく口にすると、リアナが微笑みながら火酒を持ってきた。
「疲れた時にはこれ、でしょう?」
「ほんと、気が利くな。俺の女になるか?」
「御免なさい。私にはリナがいるから」
「妹じゃないか」
おかしくて笑う俺とリアナ。半年前まで当たり前だったこのやりとりもそこそこに、俺は報告を済ませる。仕事については頭領ではなくリアナに権限があるのだった。
「北の『修験者の洞窟』で雑魚を一掃。そして再湧出していたエリアボスを撃破」
「やっぱりいたのね。これで少しは平和になるわ」
エリアボスの不在はエリア全域のモンスター沈静化を意味する。それによって無駄な犠牲を増やさないようにしているのだ。
俺の報告も終わり、そのまま雑談へと移っていた会話の中で、そういえば、とリアナは呟いた。俺は火酒のグラスを置いてリアナを見る。
彼女は少し辺りを見渡すようにして視線を巡らせた。
「頭領、貴方にお客さんがいたわ」
「客?」
俺の質問に答えること無くリアナはしばらく探したものの、やがて肩をすくめた。見つからなかったらしい。
「お手洗いみたいね。いたら呼ぶわ」
「わかった」
とりあえず客の存在を頭の隅において、俺は再び火酒を口に含んだ。おもむろにカウンターから爪楊枝を一本取り出す。
そのまま爪楊枝を視界外の相手に向かって投げる。
真っすぐ飛んだそれは、俺に近づきつつあった男に刺さった。
「痛ぁっっ!?」
「こっそり近寄ってくるな」
そう言いつつ振り返ると、そこには見覚えのある男がいた。
ボロの白衣にハンチング帽という謎の組み合わせを好む人物は、『愚者の盾』東支部のレオンという男だった。
そして、その傍には見慣れた少女もいた。
「ん、ユウナもいたか」
「はい、今日も来ちゃいました」
そう言ってはにかむ彼女から目をそらし、俺はレオンを見る。俺とそう変わらない歳の男が、目を輝かせて俺を見ていた。
「頭領! これを見てくれ、また作ったのだよッ!」
「お、また面白い発明品か?」
東支部のレオン。
『愚者の盾』の最古参であり、幹部。東支部をまとめる立場の人間である。彼は《調薬師》の職業を持っているが、ただのそれではない。俺と同じ《錬成》を用いる、《錬成調薬師》だった。
そんな男が、ウィンドウを操作してからあるものを取り出し、俺に渡してくる。アンプルに入った薄桃色の液体。それを俺は掲げながら見て、《鑑定眼》でも見えなかった中身について尋ねた。
するとレオンは自信満々に胸を張って、
「媚薬なのだよっ!」
と言った。
俺は呆れた。
「……どうやったらそんなもの作れるんだよ」
まあいいか、と俺はおもむろにその蓋をあける。そのまま少し離れた場所にいた人物を呼んだ。
「おい、シュリ。ちょっと来てくれ」
「と、頭領? シュリに頼むのかね?」
「頼まないって」
俺はそう言うと近づいてきたシュリに、
「ほら、飲め」
「むぐっっ!?」
と、アンプルを彼女の口に突っ込んだ。
「「「えぇっ!?」」」
周りで成り行きを見届けていた奴らが驚いたように声を上げる。いきなり何か飲まされて目を回しているシュリをゆっくりとカウンターに座らせて、俺はニヤリと笑った。
「頼んでないだろ?」
「……確かに」
レオンの真面目な顔に、周りがドン引き。
俺はその状況に笑いそうになった。しかしここで横から伸ばされた手に腕を掴まれ、引き寄せられる。
「おお?」
そのまま倒れそうになる俺を支えたのは、俺を引っ張った人物。シュリだった。
「……ボス、キスをして、いいか?」
……シュリ、のはずだった。
俺は状況把握のために彼女の顔を見る。その顔は真っ直ぐ俺の方を向いていた。
やや火照ったような顔色に潤んだ瞳、艶めかしい吐息。いかにも発情していますとい
った顔。
「ボス……頼む……」
そんな風に弱々しいながらもぐっと惹かれる仕草に、相手があのシュリでなければノッてしまいそうになる。
俺はそんなシュリから目を離して、レオンを見た。
「これはまずい」
「のようだね。さすがに怖い」
シュリが艶かしくなっても、『愚者の盾』の男どもは怖がるだけだった。
少し、シュリに同情した。
公開鉄拳制裁も行われ、レオンが地面を這いつくばっている。そんなレオンの頭をグリグリと踏みつけているシュリを横目に、俺は火酒を飲み干した。
「お酒ばっかり……駄目ですよ?」
「この世界ではいいんだよ」
俺はそう言うと、一つ欠伸をかみ殺した。そんな俺を、何やら優しい目でユウナが見ている。
以前と少し変わった彼女の様子に、俺は首を傾げつつ、リアナにもう一杯火酒を頼もうとした時だった。
「頭領、来たわ」
とリアナが言う。誰のことかと思えば、先程言っていた俺への客ということらしい。こちらに近づいてくる人物がそうなのだろう。この酒場内にいる部外者は、そのガタイの良さも相まって目立っている。
そして、俺はその男を、知っていた。
「久しく感じるな。レン」
そう言ったその人物に、俺はしばらく反応を返せない。その人物はその図体に似合わない人懐っこい笑みを、しかしこの状況で少し強張っている笑みを浮かべていた。
俺はその人物を見て、思わず場所を錯覚しかけた。しかしここは武器ばかりが飾ってある一軒家ではない。騒がしい酒場である。それを確認してから、少し声音を高くして、俺はその名を呼ぶ。
「……エンケ?」
「……ああ」
予想だにしていなかった人物の登場に俺は驚き、エンケもまた、複雑そうな表情をしていた。
なぜここにエンケが、そう思った俺の問いに答えるようにして、エンケは口を開いた。
「レン、店に最近帰っていないだろう?」
その言葉だけで、俺は察した。同時に呆れる。
「おまえの失踪と同時に『旦那』の噂。只者ではないと思っていたが……まさか当たってしまうとはな」
エンケは空想とも言うべき予感のままに『愚者の盾』へと訪れ、俺の正体を突き止めてしまったのだ。いったいどれほどの勘をしているというのか。
驚きのあまり顎まで外れそうになっていた俺は、しばらくして自分を落ち着かせると、いつものように笑ってみせる。
「メッセージ送ってくれればいいのに」
「外れていた時、混乱を生むだろう?」
そう言ったエンケは、ニヤリと笑ってみせた。壮絶に似合わない。
それが可笑しくて、俺は笑った。
「俺と……変わらない付き合いをしてくれるか?」
「手合わせをしてくれるのなら」
なぜこうもこの世界にはバトルジャンキーが多いのか、と苦笑しながら、俺はエンケと交渉成立の握手を交わした。
簡単な事情をエンケに話すと、やや納得のいかないといった表情ながらも、納得してもらえた。俺は火酒を二つリアナに頼み、片方をエンケに渡した。
それを受け取りつつ、エンケは辺りで騒いでいる他の奴らを見てから、意外と言うような顔をした。
「『愚者の盾』というのは、思ったより明るい者たちなのだな」
「……ああ、そういえば攻略組と仲が悪いんだっけか」
以前聞いた情報とこの場の印象が結びつかない。
気になった俺は、近くで騒いでいた男衆数人に声をかけ、呼び寄せた。毎日のように呑んでいるにもかかわらず酔っているその数人に、何故攻略組と険悪なのかを尋ねてみた。
すると、返ってくる答えは、あまりにも馬鹿馬鹿しかった。
「あいつら、俺らに御頭の命令を無視しろって言うんですよ!」
「……は?」
「俺たちは、御頭に街の警護を任されているのに、それを無視して攻略組に加われとか……ふざけるな! って感じっす」
俺は思わず呆ける。隣からのエンケの「そうなのか?」という視線が痛い。
それを避けるように口を開いたものの、考えなしに本音を漏らすことしかできない。
「……俺、そんな命令とか出したか?」
「「「…………え?」」」
話を聞いた数人だけでなく、その近くにいた男衆や給仕をしている女衆にも、反応されてしまった。
ここで俺は酔いの勢いのまま、立ち上がった!
「……よし! 『愚者の盾』も攻略組に進出するかッ!」
そんな言葉に場を静寂で満たすと、
「「「ええええええええええええええええッ!?」」」
ここ最近で最大の驚愕が、響き渡った。




