和やかな時間と潜む影
俺たちは、目の前の光景に固まっていた。
「……なあ」
「……なにかな?」
俺の呼びかけに答えたのはミン。元気が取り柄のソイツは、今、顔を引き攣らせていた。俺はその様子に答えが期待できそうにないと判断すると、もう一方へ声をかけた。
「……これってさ」
「……考えてる通りだ」
シュリはやはり強張った顔でそう言うと、おもむろにアイテムストレージから何やら手のひら大の翠の結晶を取り出すと、握りつぶした。
砕け散った破片は彼女の周囲を巡りながら更に細かくなっていくと、彼女の身体へ溶けこむように消えていった。
強化結晶。
使用者の魔力を含めた全ステータスを一時的に底上げしてくれる高級アイテムである。現実感を失わないぐらいのちょっとした強化だが、全ステータスを上げるという点で、この結晶は最高級の補助アイテムといえる。
『愚者の盾』という組織でも所有しているのは五十もないというのに、シュリは個人のものを使ったらしい。
そんな貴重なものをシュリが使うということは、
それだけの状況ということであって、
「……あれって前に倒さなかったっけ?」
「エリアボスはユニークじゃねぇからな。頻度はかなり低いが、再湧出はする」
「さいですか……」
俺はげんなりして前を向いた。
そこには二メートルはあろうかという大きな人間がいる。
山伏とでも言うべき格好をして仁王立ちする巨漢。遠くからも窺える鎧のような筋肉と手に持つ薙刀のせいで、さながら物語の弁慶のような人間だった。
正確に言うと、それはNPCだ。
『――汝、我らが意志を継ぐ覚悟はあるか』
重圧としてのしかかるような重低音で、そんなことを言うその弁慶モドキに、
「ない」
俺はきっぱりと言った。
しかし、
『――さらば、我が試練を受けよ。乗り越えよ。貴様に天使共に抗する力を授けよう』
「会話のキャッチボール!」
弁慶モドキは、聞いてくれなかった。
少しはイレーネさんとエリンを見習って欲しい、と道具屋NPC母娘を思い出しつつ、俺は装備画面を開いて、布で織られた中華服のような身軽な格好へ着替えた。防御力は考えていない。
「なにしてるのっ!?」
「いいんだよ、これで」
驚くミンにそう言いつつ、俺はシュリに目を向けた。
「わかってるな?」
「補助と回復。アンタと一緒に戦ったことなんてねぇよ」
シュリの皮肉気味のその言葉に苦笑しつつ、俺はそれでいいと頷いた。
俺と共に戦う奴は、いないほうがいい。
「どうせ、無駄だしな」
「そうかよ」
つまらなさそうに言うシュリの肩とミンの頭をポンポンと軽く叩いて、俺は弁慶モドキの方へ足を踏み出した。
エリアボス。それは各戦闘エリアに存在する強力な個体のことだ。
その実力はエリアのレベルによってまちまちだが、どれもが乙個体ほどの強さを誇る。普通はボスの名に恥じない巨躯をしていることが多いのだが、この『修験者の洞窟』のような例外も存在している。
こういったエリアボスを倒すこと。それも『愚者の盾』の仕事の一つである。
「んじゃ、行ってきますか」
「いってらっしゃーいっ」
俺が負けると欠片も思っていないのだろう、ミンがのんきな声で送り出す。それにシュリは不可解なものを見る目を向けていた。
それもそうか、と俺は納得する。
半年前、俺は気を張り詰めた状態で敵に臨み、それらすべてを殺してきた。倒すのではなく、殺す。そんな表現が合うほどに、俺はゲーム内とは思えない態度を敵に向けて、『愚者の盾』の連中に示してきたのだ。
ここはもう、ゲームではないのだと。
気を抜くことが、許されないのだと。
「レンー、これが終わったらハーブティねーっ」
「ならおまえ材料とってこいよ。野生のやつもなかなか美味しいんだぞ?」
「何処にあるの?」
「『氷原』エリアの『白雪香草』とか」
「……『氷原』は、もういいや……」
『愚者の盾』を見てきたシュリには、こんな俺の姿が奇異に映るのかもしれなかった。
そこまで考えて俺は再び前を向く。そこには律儀に待っている弁慶モドキ。
否、エリアボス『太古の継承者』。
『――行くぞ、若き強者よ』
そんな好戦的な相手を俺は鋭い視線を向けて、笑った。
「どうせ、無駄だけどな」
走りだす。敵は薙刀を上段に振り上げた。その薙刀はとてつもなく大きく、それだけで俺の身長を二倍するより長い。
『その心意気やよし』
弁慶モドキがそう言うと、エリアボスのいるドーム状の内部構造をしたこの場所はぼんやりと光を放った。
エリアボスが戦闘態勢になった証だ。
俺は久々のエリアボス戦になんの感慨も沸くことはなかった。
ただ、倒す。
シュリはおそらく俺に対する違和感を抱いているだろう。俺がただ駆け出す、その姿に。
「ボスッ! 武器を――」
俺はその言葉を無視して、“素手で”弁慶モドキへと立ち向かった。
「……ありえねぇ」
シュリがそう呟く。その視線の先は俺だ。 俺は多少傷ついた肉体でストレッチをしている所だ。
「ビックリさせないでよっ!」
ミンがどうしてか俺に怒ってくる。しかしよく考えれば当然の反応だということに、俺は気づいた。
俺の戦闘スタイルは敵の攻撃を避け、カウンターを決めることが多い。今回も例に漏れず、弁慶モドキの薙刀を避けつつ攻撃を蓄積させて倒したのだが、一、二発攻撃をもらってしまった。その攻撃はとてつもなく、俺のライフを半分ほど削ったのだ。
しかし、ここで俺のスキルが役に立っていた。
「レンって『自動回復』持ちだったんだね……」
『自動回復』。
戦闘中常に発動し続けるそれは、一戦闘中のダメージ量がある一定以上にならないと身につかないと言われているものだ。つまり、瀕死状態である。
今でこそしっかりした装備で臨み被ダメージも少ない戦闘だが、初期の頃は敵の情報もなくダメージを受け、『自動回復』を会得した者たちが多かった。
開拓者などと俗称で呼ばれるその人物たちのように、『自動回復』は一種の実力証明となっているのだ。
もちろん、あまりに弱いがしぶとい人物がいればまた別である。
俺はそんなことを、ミンたちに聞くまで知らなかった。思わずへぇ、と言葉が漏れる。
「え、感想それだけっ?」
「……ボス、いつそんなダメージを受ける機会があった」
呆れたような二人の物言いに首を傾げなら、俺は過去に思いを馳せてみる。
「あれは何処だったか……たしかこんな感じの洞窟だったと思うんだけど、黒い羽したどでかい奴」
「……『世界』じゃねぇか」
俺の店の近くにある『邪の吹き溜まり』という洞窟。その最奥に住んでいたというその敵は、『世界』という個体名がついた天使だったという。
ただのエリアボスであっても手こずるものを、天使補正かなにかで『世界』は手を出しづらかったのだそうだ。
「いつのまにかいなくなってて幸運だと思っていたが……まさかボスがやったとは」
シュリにしては珍しい俺を尊敬するようなその視線に、目をつけてた一軒家に邪魔だったから倒したなんて言えようもなかった。
「それで? そのときにどんなダメージをもらったのっ?」
「ん? いや、別に言うほど大したこと無いぞ」
ミンの興味本位の質問に苦笑しつつ、俺はその時の状態を思い出しつつ口に出した。
「まず攻撃したのはいいんだけど、妙な光の攻撃食らって右腕吹っ飛んで……」
「「……右腕吹っ飛んでっ!?」」
「ま、でもゲーム世界だしな。いくら部分欠損しても動けたから、後はなんとかって感じだったな」
はっはっは、と笑う俺。ぽかんと呆けるシュリとミン。二人の反応の意味がわからず尋ねると、ミンが少し怒ったように説明した。
どうやら天使の使う《天使術》という淡い蒼色の光は、被弾者の痛覚をリアルと同様に刺激するものらしい。通常、被ダメージの痛覚は十分の一ほどに抑えられているため、《天使術》はその痛覚だけで戦意を喪失するほどのものだということだ。
「それで……大丈夫なのっ?」
「おう。『ノーブルポーション』飲んだら部分欠損も治ったしな」
論点が違う……と何故かうなだれるミンに首を傾げつつ、俺はウィンドウを開く。そしてそのままアイテムストレージを開くと、戦利品をリストにして他の二人に示して分配へと移った。
はじめはもらうことを渋った二人だが、「じゃ、捨てよっかな」という俺の暴言によりしぶしぶ受け取る。
そして分配が終わると、俺は余ったうちからさらにいくつもアイテムを選んで、シュリに渡した。
「『愚者の盾』に寄付しといてくれ」
「アンタ、それは自分で……しねぇよな」
「お、わかってくれたか」
「呆れている」
『愚者の盾』の装備やアイテムの半分はドロップでまかなっている。それは、仕事中に得たそれらを寄付するという仕組みがあるからだ。
この仕組みのお陰で『愚者の盾』は武器に困ること無く、そして生半可な性能じゃ売れないという状況は、近所の武器職人たちのモチベーションも上げるのだ。
「さて、それじゃそろそろ戻るか」
俺はそう言って二人を促す。
「ハーブティっ!」
「そこら辺の野草で我慢しとけ」
「そのハーブティってのはボスのか? 美味いか?」
「おまえは食いしん坊か」
そんな会話をかわしつつ、俺たちはその場所を後にした。
◇◆◇◆
レンたちが去った後のボス部屋。既に何の輝きも動きもないその場所は、危険が排除された場所であった。
しかし、そこに踏み込む一つの影。
正確にはフード付き外套を着る、痩身の男。
その男はドーム構造の部屋の中央まで来ると、一つのものを拾う。
『継承者の証・玄武』
そう表示されたウィンドウをかき消して、男は口唇を釣り上げて笑った。
「あと、二つ……」
男はその場から音もなく立ち去る。
後には、何も残されてはいない。




