戦巫女
俺とシュリが動きまわって時間を作り、ミンの魔法で殲滅する。そんな戦法に落ち着いてから戦闘は大分楽になっていた。
「レン! そっちに三体いっちゃった!」
「了解」
ミンの方を見ると、確かにスライムが三体こちらへと狙いをつけていた。俺はそれに向かって駆け出す。
スライムから伸びる仮足を寸前で躱しながら、蹴りを放つ。武器もないその攻撃は、しかし敵の体力を半分ほども削る。
攻撃力判定は『武器の殺傷力』、『命中精度』、『速さ』等の様々な要素を複合して決定するため、武器が無くてはならないというわけでもない。
返す刀で次は手刀を叩きこむと、スライムは消え去る。残りの二体も同様に始末し、俺はふぅ、と息を吐いた。
周りを見渡してみると、すでに二人もカタをつけていたようだった。
すると、シュリがストレージを整理しながら「お」と言った。
「また粘液の魂だ」
「まじか。なんでおまえばっかり」
「……お、オレは使わねぇし、や、やるよ」
俺が羨ましそうにそう言うと、シュリは不器用に言う。それに俺は目を輝かせて礼を言った。
「レンって気づいてるのかな……?」
「なにか言ったか、ミン?」
「別に何もーっ」
しっかり聞こえてはいたが意味がわからなかったため、流すことにしてから俺は目の前の目的地を見やった。
「これか?」
「ああ、『修験者の洞窟』だ」
シュリに確認をとってから、見上げる。洞窟と呼ぶのをためらうほどに大きな入口。そういえば少し見覚えがあるような気がしないでもない。
「……なんか、寒いね」
「この洞窟からは霊力が溢れていて、人間には少し不気味に感じるらしい」
という設定、と俺は心のなかで呟いた。霊力とやらを信じてはいないが、そんなことを口に出せば気に触るような人々もいるので、なるべく心中に留めるようにしているのだった。
俺たちはざっと回復アイテムを確認すると、洞窟の中へと足を踏み入れた。
山中を歩いているときは葉の擦れる音があったが洞窟ではそれもなく、ただただ静寂だけが横たわっていた。響くのは、俺たちの足音だけ。
「レン、反応ある?」
「まだないけど、油断はするなよ」
周りの気配を探りつつ、注意を促す。それに傍の二人が頷くのを感じて、俺は先へと進んだ。
ふと、記憶が蘇る。
俺は、以前もこうして息を潜めながら暗い中を歩いていた。
しかし、そのとき俺は一人で、仲間なんてものはいなかった。その頃の俺はデスゲーム化に混乱した奴らを無理やり従わせて、仕事を与えて、混乱を先延ばしにしていた。俺と同じでまだまだ初心者だったそいつらは、仲間なんて呼べるほど強くなかった。
そして、そいつらを生かすために、俺は周りのエリアボスを潰して回っていたのだ。
暗い道は先を見通すことも叶わず、ただただ自分とその周りの気配を探るので精一杯だった。
しかし、俺はこういう状況には慣れている。現実世界でも、似たようなことをしていたせいかもしれない。
俺は闇夜に埋もれ、息を殺しながら、目的をこなす。
そんな俺が、俺は嫌いだった。
しかし、こういうやり方しか、俺は知らなかった。
「……レン?」
ミンの声にハッとする。索敵に抜かりはないが、少しばかり意識を逸らしていたらしい。
「ボス、どうかしたか?」
「んにゃ、なんでもないさ」
少しばかりの気恥ずかしさから意図的に口調を変えてみせる。
怪訝そうな顔をした二人だったが、俺が前を向くとすぐに集中を取り戻した。
それを見て、俺はしみじみと思う。
もう、俺一人が頑張る必要はない。
それを感じて、俺はそっと口を開いた。
「来たぞ」
駆け出す。
最初の頃とは違い、遅れずついてくる二人を感じて、俺は少し笑うのだった。
◇◆◇◆
「……はぁ……はぁ」
「なかなかやるじゃないか。でも、さすがにスタミナ切れかね」
どこからか聞こえてくる声。それを意識しても相手の居場所がわからないことにユウナは不安ばかりを募らせていた。
レオンと名乗る少年から攻撃を仕掛けられてからしばらく経つ。しかし、受けているのはユウナの方だけで、レオンには一撃も当たってはいない。
路地を駆けまわる少年を追いかけて弓をつがえるも、いつのまにか姿を消し、爆弾だけを投げてくる。そんな戦法に、ユウナは為す術なく息を切らしていた。今では相手を見つけることもできていない。
街中のダメージのない衝撃は精神を参らせる。二、三発受ければ気絶してしまいそうなものを、ユウナは二桁数受けていながらまだ立っていた。
「トリッキーな自分の攻撃を寸前で半身だけでも躱す芸当は、さすがβテスターと言ったところかね」
「ただの意地です……!」
「ふはは、それは面白いな」
少年らしくない少年の言葉に強く返しながら、打開策を探す。しかし、探すまでもなく、実はすこし考えがあった。
「しかし、《戦巫女》と祭り上げられているにしては、弱い」
「っ!?」
その言葉から逃げ出すように、ユウナは駆け出す。そして突き当たりの路地を右に曲がった。
目の前には、黄のガラス球。
反射的に前に転がって避けようとするも一瞬遅く、背中にその爆風を受ける。それと同時に背中に痺れが走り、視界ゲージ欄には黄色のマークが付いた。
「麻痺爆弾、なんて。自分のネームングセンスの無さには呆れてしまう」
可笑しそうに笑うレオン。ユウナも同じように笑っていた。
やっぱり、と。
「さぁ、どうするかね?」
試すような言葉を投げかけてくる少年に、ユウナは笑って言った。
「もちろん、行きます」
直後、彼女はスキルを発動する。彼女を《戦巫女》たらしめる、それを。
「《言の葉、流れる――》」
ユウナが発するのは、スキル発動の鍵となる言葉だ。
戦闘でも十分に力を発揮するユウナだが、彼女が得意とするのは戦闘ではない。敵を鈍らせ、味方を鼓舞する、補助の役割が彼女の本領だ。
「《紡ぎましょう――。万物に、等しい愛を……貴方は……誇り高き大地》」
詠唱に似た日本語を呟き、特殊職業スキル《言の葉遣い》が、発動する。
「……? なにをブツブツと言っている?」
レオンが訝しげな顔をしてその様子を見ていた。しかしそレオンの姿は路地のどこにも見当たらない。見えないところから敵を討つ。それがレオンの今の戦い方である。
質素な石材で作られた高い建物の間に挟まれたその路地では、隠れる場所もない。そんな状況で、レオンはユウナを注意深く観察する。
劇的な変化はない。
しかし、突如ユウナが弓をつがえると、そのまま自身の真上に矢を放った。
それは、迷いなくレオンの方へ向かっていた。
路地を形作る建物の“屋根の上にいた”レオンは、思わず目を見開くも慌てはしない。そのまま後方へ身を引き、やり過ごそうとする。
しかし、その足は動かなかった。
「なにっ!?」
固定化されたわけではない。とてつもなく動きが鈍重になっただけである。まるでその部分だけ異常な重力がかかっているかのように。
「……ぐ」
しかし、それは今引き起こして良い状況ではなく、ユウナの矢は、見事レオンの右肩へと命中した。町中ではダメージが発生はしないが、もし彼女の矢が当たればその身を完全に燃やしていただろう。
レオンがうめき声を上げる。
「短い呪じゃ、足だけを重くするのが限界みたいですね」
彼女はあらゆる補助を用いる付加師。味方に強化や属性を与えるばかりでなく、敵には“デメリットさえ”付加し自分も戦う。
祈りの旋律を紡ぐその姿は、まるで神へ願う巫女のよう。
だから彼女は《戦巫女》と称された。
レオンが自分の見込み違いに焦りを感じ、距離を取ろうと、路地から離れるように屋根を転がった。
そのとき、
「では、次は私から行きます」
と、下から声が届いた。
まさか自分が登ってきた階段を見つけられたか。
レオンのその考えは簡単に覆される。
「《誇り高き御身よ……どうか私に一時の自由を》」
ユウナはしばらくまた言の葉を紡ぐと、気負いなく跳んだ。
ゲーム補正で現実より少し高いだけのはずのその跳躍は、しかし彼女の身長ほどもあった。そのまま彼女は建物の壁に足をつく。
「ふっ!」
気合入れの吐息とともに再び跳び、反対の壁へ。そのまま壁の間を跳躍するという真似を繰り返し、やがて彼女はレオンと同じ土俵まで上がってくる。
階段以外来る手段がないはずの、屋上まで。
「馬鹿、な……。これではまるで……」
『愚者の盾』の《天虎》シュリではないか、と。
そして、ここまでユウナが来た時点で、勝敗は決まっていた。
「……自分の負けだ、お姉さん」
そう言って、レオンは諸手を上げた。降参の意思を示したのだ。
それを見た彼女はニッコリと笑って、
「私の実力とかは、わかってもらえました?」
「十分。『愚者の盾』の幹部クラスはあるようだね」
「……あなたは『愚者の盾』だったんですか?」
そういえば名前しか言ってないか、と思い、レオンは改めて目の前の彼女に名を名乗った。
「自分は『愚者の盾』幹部その三、レオン。頭領が連れてきたっていうお姉さんの力が知りたかった。無礼を働いて申し訳ない」
ユウナは知りもしないことだが、レオンは基本謝らない。彼が謝るのは、自分が認めた人物に対してだけであった。
そんなことも知らずユウナは微笑むと、
「『解放軍』三席、補助隊統括もしてます、ユウナです。少し驚きましたけど、いい経験になりました、ありがとうございます」
レオンは思わず目を見開いた。
自分が一方的に喧嘩をふっかけたようなものなのに、そこにユウナは感謝したのだ。
自分が思いもしない反応を示す。そんな部分に、かつて自分を救った頭領の姿を見た気がした。
「……この路地にいたということは、今日も酒場に行くのだろう? お詫びに一杯奢らせてくれ」
「あ、お酒は無理なので、ジュースでお願いします」
遠慮のない返事に苦笑すると、レオンは思った。
ああ、これが頭領の女の貫禄か、と。
それは、盛大な勘違いだった。




