お仕事、役目、決意
昼過ぎても終わりの見えなかった稽古の時間は、俺の「腹減ったあああああああ!」という叫びによってひとまず中止となる。そのまま参加者は各々の用事に戻っていった。
そして、今、昼食中である。
「リーダー、今度デートしてくださいよー」
「あ、あんたズルイわよっ。私のほうが先なんだから!」
「えー、そんなの誰が決めたのよ?」
「駄目だよっ! ボクが先っ!」
「ミンちゃんは手強いわね……でも、負けないわ!」
「おまえら、もうどっか行け」
再び酒場へと戻り、カウンターに着いている。リアナの出してくれた肉料理を頬張りながらも、周りが騒がしくて俺はうんざり気味だ。普段はこの時間に《調薬》スキルで丸薬を作っているはずの『愚者の盾』女連中が集まってきているのだ。
俺は美味しく焼けた鶏肉を咀嚼して飲み込むと、少しばかり気を重くしながらリアナを見た。
「今日の予定は?」
「北の洞窟の沈静化、それに地域交流よ」
以前のようにリアナに予定を確認して、以前にない単語に俺は首を傾げた。
「地域交流?」
「貴方が『愚者の盾』から姿を消した後にシュリが始めたものよ。毎日、どんな少ない時間でも必ずこの辺りの住民と交流の場を作っているわ。表向きは第三者視点の情報取得だけど、実際はみんなのガス抜きみたいなものね」
「へぇ……」
俺はそれを聞いて、正直感心していた。
シュリは半年前まで強さを第一に考える傾向があったのだが……それもいい方向へと変わっていたらしい。
隣で口を挟もうにも出来なかったシュリを見て、伝える。
「やるじゃないか」
「うるせぇよ」
顔を赤くして照れ隠しをする彼女にやれやれと肩をすくめつつ、食器をリアナに返す。
「どっちから行くのかしら」
「北の洞窟。地域交流は他のやつに任せる」
「そう、気をつけて。貴方には無意味かもしれないけど」
「意味はある。無駄なだけだ」
俺はそう言うと、顔を赤くしたままのシュリとにやにやしているミンを連れて酒場を出たのだった。
峻厳な山々が立ち並ぶアインから北の山地。蒼穹も、そこに浮かぶ雲も、何もかもが素晴らしい壮大さを醸し出している。
そんな中、何故かおもむろにシュリに決闘を挑まれ、それを適当にいなした後、俺はリアナからもらったマップ情報を頼りにアイン北部山間にある『修験者の洞窟』へ向かっていた。
向かっては、いた。
「……道、わかんない」
「んでだよ。アンタ、昔ここのエリアボス倒しただろうが」
「そうは言ってもな……」
「レンは方向音痴だからねっ」
気の合うミンとシュリが俺を誹るようにして会話をつなげていく。それでもなんだかんだ言って、シュリも俺を完全に受け入れたみたいで、もうぎこちなさは消えていた。
「チッ。まどろっこしい。ほら、貸せッ」
「おいおい……乱暴だなぁ」
俺の手から奪い取るようにしてオブジェ化した地図を見るシュリ。それに苦笑しつつも、「道案内頼んだ」とシュリを俺は頼っていた。
しばらくシュリが地図と睨めっこして、
「あっちだ」
と、俺の思っていたのと逆の方向を指さした。
「よし、行くか」
「清々しいぐらい自分のミスをスルーしたねっ!」
ミンに何かツッコまれるが、無視。シュリの先導についていく形で、俺たちはそのまま山へと踏み入っていく。
針葉樹林へと踏み込み、見通しは悪いながらも、シュリは迷いなく進んでいく。それに少し不安になるものの、俺は特に疑うこともなく後を追った。しかし、それだけでは終わるわけがない。『愚者の盾』の仕事である。
襲い掛かってくる敵は主に二種類。《マウントスライム》と《マウントリーチ》である。どちらもレベル二十ほどの丁個体ではあるが、小型かつ数が多いためになかなか倒しづらいのであった。
「くそっ。スライムはゲームらしいっちゃらしいんだろうが……」
俺は次から次へと出てくるスライムを蹴飛ばしつつ、頭上から落ちてくる《マウントリーチ》に手刀を叩きこんでいく。
しかし、対応しきれなかった何匹かが、俺の腕やらに張り付いてきた。
「なんでゲーム世界で山ヒルなんだよッッ!」
「ボクが知りたいよっ!」
「……」
ミンもわーきゃー言いながら山ヒル型モンスター《マウントリーチ》を避けてはいるが、捌ききれていない様子。そしてひどいのはシュリだ。
先程から顔を真っ青にしている。
「やっぱ可愛いとこあるな」
「う、うるさい……」
声にも覇気がない。俺はシュリの方へと近づいて、一言「少し借りるぞ」と彼女の腰にある短刀を引き抜いた。
俺はそのまま目を閉じる。そのまま一閃。
「あ、レンが覚醒したっ!」
テキトー抜かしているミンを無視し、俺は短刀を握り締める。先ほどの一閃で大体の感覚は掴んだ。
「――“葬刃”」
気合入れにそうつぶやくと、俺は身体を回転させる。短刀が肉体の一部と化して、最高速度で山ヒルを引き裂く。
あくまでも回転の流れを乱さず、次第に速度を上げていく。切り裂き、切り裂き、切り裂き続け、やがて山ヒルを討ち漏らしなく斬れるようになったところで、俺は声を出す。
「ミン!」
「まっかせてよっ!」
そう言うと、ミンは俺の間合いまで入ると目を閉じ、ぶつぶつと何かをつぶやき始める。その頭上に降り注ぐ山ヒルは、俺が切り裂いていく。
ミンは集中状態に入り、つぶやき続けている。どこの国の単語とも思えないそれは、この世界特有の魔法の詠唱だった。
「―――――――、行くよ、カウント五!」
それから俺は三秒だけ数える。するとちょうど魔法の発動を示す陣が足元に浮き上がる。ミンの五秒は早いのだ。
そして、
「《スパイラルフレア》っっ!」
そんな掛け声とともに、俺たちをちょうど中心に置くように、炎の竜巻が立ち上った。その紅炎は、落ちてくる《マウントリーチ》も地上の《マウントスライム》も焼きつくす。
しばらく経っただろうか。やがてその魔法が切れると、俺たちのいた場所はすっかり黒焦げ、頭上も木々が燃え落ち、ポッカリと空へと続く穴ができていた。
「……てへっ」
「似合うからやめろ」
俺がミンを小突く。そんな様子を見てシュリが呟いた。
「……羨ましい」
俺はそれを聞いて思わず心中で吹き出すものの、言及はしないでおこうと思うのだった。
◇◆◇◆
レンたちが洞窟に向かって進んでいた頃、ユウナは急いで『愚者の盾』の酒場へと向かっていた。
彼女は小走りで路地を駆けていく。
『解放軍』での仕事として行なっていた次の攻略パーティ編成も無事終わり、ユウナは今、アインの大通りから路地へと入り込んで北へと向かっていた。
「早く行かないと……」
特に何もない。
ただ、自分だけ違う所属であることが焦りとなって、ユウナの足を急がせるのだ。
ユウナは明け方『愚者の盾』の会議場である酒場から退出し、『解放軍』の方へと顔を出していた。攻略で要となる編成の決定のために、参加義務があったためだ。
そこで様々な見地から真剣な意見が出され、それを元になんとか昼過ぎには話し合いが終了する。
ユウナも当然会議には参加し、あることを提案していた。
『愚者の盾』との連携である。
実際にその実態を見てきたユウナとしては、噂ほどひどい場所ではなく、ぜひとも協力していくべき相手だと強く主張。兄である団長もそれに同意することで、反対派も見受けられるものの、なんとか意見としては通ったのだった。
もしこれが通れば、レンと一緒にいる時間が増える。
そう思って赤面したものだった。
くす、と笑ってさらに急ぐ。
団長からは、レンに渡すようにと攻略の詳細データを預っている。それを届けるという名目で、ユウナは『愚者の盾』の元へと向かっているのだ。
「名目って……」
自分の正直さに苦笑して、なお急ぐ。細長くなっていく路地を駆け抜け、曲がり角を曲がった。
曲がった先に、一人の少年がいた。
突然現れたように感じたその姿に、ユウナは慌てて足を止める。何とかぶつかる前に勢いを殺すことには成功し、ユウナは数メートルの距離をおいて、その少年を見た。
ところどころ煤けたような白衣を身にまとい、深くかぶったハンチング帽で顔を少し隠す。しかし窺える顎先はシャープで、端正な顔立ちは感じ取れた。
ユウナはそんな少年がこんなところにいる状況を不思議に思って声をかけようとする。しかし、その前に声を発したのは少年のほうだった。
「お姉さんがユウナか?」
「え、はい、そうですよ」
突然名前を言われたことに当惑しつつも、きちんと返す辺りに育ちの良さが垣間見える。ユウナはそのままその少年の方を見続けた。
「あなたは?」
「自分か? 自分はレオンという」
カメレオンのレオンだ、と言って少年レオンはなぜかくくっと笑うと、おもむろにその白衣の内側に手を突っ込んだ。そのままゴソゴソとして、やがて取り出したのは一つのガラス玉。何かが封入されているようで、鮮血色の液体がぐつぐつと煮えているような見た目であった。
ユウナはそれを見てあるものを連想する。それが後の好判断へとつながる。
少年は再びくくっと笑った。
「プレゼントだ。受け取り給えよ」
そう言って、突然、レオンはそれを投げつけてくる。それは弧を描いてユウナの頭があった場所に向かって放られていた。
自分で思った以上に身体が反応し、ユウナはバックステップを敢行する。しかし、それでも完全には回避ができなかった。
赤い液体のガラス球はガラスの粉砕する音とともに、爆発。後ろに下がっていたユウナはその爆風を受け、尻餅をつきそうになるもののなんとか体勢を立て直す。
ここはアインの都市内。当然ダメージは通らないが、ある程度の物理現象は引き起こされる。それによって身体が吹き飛ばされることもあるのだ。
ユウナは、『解放軍』三席の威厳を以てキッと睨みつけると、レオンは感心したように「ほう?」と言ったあとに、やはりくくっと笑った。
「初見で自分の攻撃を避けるとは、やはりあの人の知り合いといったところかね」
可笑しそうに笑い続けるその少年を見て、ユウナは言い知れぬ不安に襲われた。
「あなたは……誰ですか?」
「言ったろう? 自分はレオン」
笑みを収めないレオンは、続けて懐から三つのガラス球を取り出した。しかし先程までと違うのは、その色が赤ではなく、黄、青、紫の三種だったことだ。
さて、とレオンは笑った。
「お姉さん。君の実力を見せてもらおうか」
そう言って、球を同時に放る。それは迷わずユウナの方へと向かっていた。
ユウナは正直困惑している。しかし、その手にはいつのまにか愛用の弓が握られていた。レオンの意図は分からないが、引く訳にはいかない。彼女はその弓を構える。
一人の少年の姿を思い浮かべながら、ユウナはレオンに対して戦闘態勢を取るのであった。
モンスターのランクを甲を最上位に、丁を最低位に改稿します。




