新しき日常
それからの日々は、これまでとは一変していた。
今までの俺は、のんびり起きて、気まぐれ開店。そしてゴロゴロ昼寝。そしてそのまま一日を終えていた。
しかし、『愚者の盾』では違った。
まず、朝。
「おっはよーう!」
そんな目覚ましとともにミンに布団が剥ぎ取られてしまう。俺がブルっと体を震わせつつ縮こませると同時、凄まじい速さの拳が枕元に突き立つ。
「起きてるみたいだな、ボス。朝だよ」
シュリである。彼女は俺の顔面に向かって拳を落としてきていた。それを躱していた俺はしばらくむずがると、ゆっくり身を起こす。
「……俺、今日休むわ」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。頭領に戻ったからには責任を果たしてもらうからな」
俺のささやかな反抗を、シュリが笑顔で捻り潰す。それに俺は「えー」と文句言いつつも、そのまま立ち上がって着替えを始めた。
「お、俺は下に行っておくからっ」
俺が服に手をかけたところで、何故か顔を赤くしたシュリが酒場の二階部分の俺の部屋から逃げるようにして去った。俺はそれを不思議に思いつつも、着替えを続けた。
「……メニューから装備を選べば、すぐ終わるのにっ」
「こっちのほうが実感が沸くからいいんだよ」
よし、と自分がきちんと衣服を纏っていることを確認して、俺は半年ぶりに使った自分の部屋を後にした。
酒場一階へと降りる。そこには夜に向けて食器を拭いているリアナがいた。
「おはよう、頭領」
「おう、おはよう……」
「ふふ、寝起きの貴方って可愛いわね」
「こんな目付きでもか?」
「その目が眠気に緩んでるからよ」
そっか、ととりあえずの納得を見せ、俺はそのままリアナの正面のカウンターに腰を下ろした。
そのままの流れでリアナから聞かされるのは、このあたりの情勢と『愚者の盾』各支部からの報告、そして幹部の行動についてだ。
「最近、また盗賊が流行ってるみたい。東支部のレオンが盗賊団を潰したって」
「殺したのか?」
「いいえ。『愚者の盾』の下っ端として雇って、地域貢献だそうよ」
「なるほどな」
「今朝、そのレオンが貴方を尋ねてきてたわ。寝てたから、出直してくるってまた出てったけど」
「ん、そりゃ悪いことしたな」
「そんなこと思ってもいないわね?」
ふふ、と酒場に似合わない上品な笑いを見せるリアナが、「はい、どうぞ」と言って俺の前に朝食プレートを出してくれる。半熟目玉焼きとベーコン数枚にトーストという、すごく「らしい」朝食だ。
早速口に入れてみると、俺は結構驚いた。
「上達したな」
「貴方、そればっかり。でも嬉しいわ、ありがとう」
「昔は焦げたものばっかりだったのにな」
「人間は成長するものよ」
リアナはそう言って得意そうに笑うと、それから何か思い出したように口を開いた。
「ミンちゃんの食費、貴方が出してくださいな」
「……何故に」
「だって貴方が連れてきたもの」
曰く、ミンはあの小柄な体に似合わず男衆のようにガツガツ食うために、食費がかさむらしい。
それを聞いて呆れた。
「それならミン自身に請求しろよ」
「可愛いは正義」
「そういえばそうだったな」
俺は朝一番からため息を吐くと、「ご馳走様」と礼を言って、空になったプレートをリアナに返した。
「これからはどうするのかしら?」
「そうだなぁ……あの頃と違って、もう結構平和だからな……すること無いし、寝るか」
「ニートね」
「酒場警備員だ」
リアナと下らない会話をかわして、暇つぶしにストレージを整理する。メッセージボックスを見てみるものの、依頼の一つも無い。
どうしたことだろうか、と不思議に思うものの、俺は一つのオブジェクトを取り出す。
「あら、それは?」
「ケーキ。ユウナが作った」
「へぇ、彼女、《製菓》スキル持ってるのね。今度教えてもらおうかしら」
向上心のあるリアナをしみじみとした気持ちで見ていた俺だったが、ちょうどいいので聞いてみた。
「で、そのユウナは?」
「彼女は『解放軍』でしょう? その仕事へ向かったみたい」
「……朝早いんだな」
「貴方が遅いのよ。ここの男衆でさえ仕事してるのだから」
確か、『愚者の盾』の仕事はアイン全域の見回り、経験値稼ぎの二つだったはずである。そこに休養・自主練も入れた三つを、同じ数に分けた小隊でローテーションしているような仕組みだった、と記憶していた。
そう、リアナに確認すると、
「どうして考案者が忘れるのかしら」
と言って、笑った。
それから二、三話して大体の情勢を掴むと、俺は二階へ戻ろうとした。
しかし、そこに現れる、二人の影。
「レンーっ。仕事行こうよーっ。あ、それとボクも『愚者の盾』のメンバー入りだよっ!」
「ボス、久々に帰ってきたんだ。他のやつに稽古つけてくれないか?」
相変わらず元気なミンに、ようやく角が取れてきたシュリ。二人が酒場の外から帰ってきて、俺の平和は終りを迎える。
「やだ、眠い、だるい」
「いつものことでしょーっ」
「そうなのか? ……そりゃ、鍛えなおさねぇと」
ミンの言葉に口唇を吊り上げるシュリ。いつのまにやら仲の良くなった様子の二人に、俺は精一杯の抵抗を試みる。
「やだ、眠い、だる――」
「目を覚ませ」
ブンッと音を立てて振るわれた拳に、反射的な反応を示して躱す。
目が覚めた。
「ほら、行くぞ、ボス」
「なるほど……寝起きのレンはそうやって起こすのかー」
「参考にすんなよ、頼むから」
何度も頷くミンに釘を差しつつ、俺は酒場の外へと連れて行かれてしまうのであった。
連れて行かされたのは、酒場の前の大通りを抜けてしばらくしたところにある広場。おそらく生活感を出すために用意された場所であろうそこは、今ではすっかり訓練所と化していた。
十分に広い場所を生かして、ある場所には練習用の藁束や麻縄を巻いた木の幹などが山積みにして置いてあり、またある場所には水源も用意してある。
『愚者の盾』の連中が自主練をする場所であるが、そこにはちらほら一般の生産職の姿も見受けられる。商売をしているのかと思いきや、どうやら『愚者の盾』の連中と共に訓練をしているらしい。
そんな俺の視線を読み取ったのか、シュリが解説をくれた。
「オレたちの活動に共感する連中が増えたんだ。もともと生産一筋だった奴も、こうして戦闘訓練に参加してくれたりしてる」
「護身用にか」
「ああ」
俺は感心して再びその生産職男性を見る。どうやら武器職人のようで、先程から珍しい形の武器を取り出しては素振りをし、別に武器を出しては素振りをしている。
鎖鎌を出すと、鎌部分を素早く振り回す。……分銅部分は地面に垂らしたまま。
槍を出すと、真っ直ぐ正面を突く。……腰が引けて力がこもっていない。
「……」
俺は歩いてその男のもとへと歩き始めた。
「ん、レンっ?」
後ろからトタトタとミンがついてくるのを感じつつ、俺は、今はスティレットを振り回している男に声をかけた。
「いいか?」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっとそれ貸してみ」
突然のことに困惑した様子の男だったが、特に疑いもせず俺にスティレットを渡す。二十センチほどの短剣ではあるが、ずっしりと来る重みは業物のようだ。
直後、俺はビュンッと音を立ててそれを突き出す。空中で静止したそれはピタリと静止し、そのまま鋭い突きを何度も放った。
肩構えからの正面突きや背後に隠し持った状態からの視界外攻撃など、俺はとりあえず知っている限りのスティレットの扱い方を実践してみせる。
「……」
「スティレットは刺突専用の武器だ。きちんと武器を理解していないと、かえって危険だぞ?」
わかったな? という確認に、首だけでコクコク頷くその男。俺はそれに満足して背後を振り返った。
広場の全員が、俺の方を見ていた。
「……う」
「すごい注目だねーっ」
「アレだけの武器捌きを見せつけられたら、そうなるのは当然に決まってる」
冷静にそう判断を下すミンとシュリの声を聞きながら、俺は引きつった笑みを浮かべた。クルッと後ろを振り返る。
「……よし、そろそろ帰って――」
「「「御頭ッッ! 俺(私)の稽古をつけてもらえませんかッッッ!」」」
俺の逃避を遮るようにして、大音声のお願いたち。
俺は固まった笑顔のまま振り返った。
「い、いや……俺、今から帰るとこだし……」
「あ、ボクもレンと稽古したいっ。そういえばしたことなかったよねっ?」
「オレも昨日のリベンジをさせてもらいてぇところだ」
俺の逃げ口上が、ミンとシュリに踏み潰されてしまう。
→逃げる。
回りこまれてしまった。逃げられないっ!
「あ、はは…………はぁ」
深い、深い溜息をつくしかなかった。




