可憐な少女のバタンキュー
今日はポッキーの日!
シュリの言葉で、対戦空間も収束。その場は再び元の酒場へと戻っている。しかし、その騒がしさは、決闘前とは段違いだった。
「御頭ッ! やっぱりお強いですねぇ!」
「俺ら全員でかかってもシュリ姐さんには敵わないのに、その上を行くとは……」
「いっそリーダーが道場でも開いたら儲かりますよっ、きっと!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」
俺は『愚者の盾』組員の褒め言葉に苦笑で返し、その手を尻餅ついた状態の女に差し伸べる。その女であるシュリは少し微妙な顔をした後、俺の手を取り、立ち上がった。
「……オレの負けだ。これからアンタについてくよ」
「ついてくんな。おまえはおまえの道を行け」
そんな半年前と同じ言葉を交わすと、シュリはその表情にいくらか余裕を取り戻した。俺はそれに満足した。
しかし直後、シュリが少し呆れたように口を開いた。
「にしても……アンタ、随分丸くなったな」
「そっか?」
「ああ、女なんか二人も連れてくるし、ヤワになったんじゃないのか?」
「女が二人、ね……。で、なんだ? ヤキモチか?」
「だ、誰がヤキモチなんかッ!」
「お、出た、御頭のからかい。御頭がいなくなってから、シュリ姐さんのあんな姿最近見てなかったよなー」
「そうそう! シュリさん、リーダー相手だと可愛いもんねっ!」
すっかり顔を赤くして声を張り上げるシュリを、周りが温い目で見る。それに、シュリの怒りが理不尽気味に組員に向かっていったのは仕方がないといえるだろう。
シュリの鉄拳制裁を可笑しそうに見る俺。
「レンくん」
そんな俺に、ユウナが話しかけてきた。傍にはミンもいる。
どこか真剣な面持ちの二人に、俺は笑いかける。
「どうだった?」
そんな俺の言葉の意味は正確に伝わったらしい。二人は一瞬互いを見合わせると、まずはミンが口を開いた。
「レンはやっぱり強いねっ。攻略組に入ればよかったのにっ!」
「『解放軍』とか入ったら息苦しそうじゃんか。俺にはこっちのほうが合ってるよ」
苦笑しつつ言った言葉に、ミンも「それもそっかっ」と同意を示す。さすがに俺を理解しているようだ。
そしてもう一人。ユウナは、何を言うか悩むような表情をした後、ミンに一つ頷いてから俺を見た。
「レンくん、私に体術を教えて下さいっ」
「……え、体術?」
突然のお願いに少し面食らってしまう俺。そのまま繰り返した言葉に「そうです」とユウナは強い目で言った。
「私はこれまで弓術だけで何とか乗り切って来ました。でもそれだけじゃ足りないんです。人と支えあう前に、一人でも生き抜ける力……ミンちゃんに教えてはもらっていましたけど、やっぱりレンくんに教えてもらえればと」
半ば自分に言い聞かせているようなその言葉に、俺はしばし彼女の目を覗きこむ。俺の行動に対して少し頬を赤らめたものの……その目の輝きは少しも揺らがなかった。
「だめ、ですか……?」
守りたい。そんな思いを汲み取った俺は、ぼそっと口にした。
「一日、二時間」
「……え?」
「それだけで、おまえに必要なことは教えてやるよ」
そんな俺の言葉に、ユウナは表情を明るくして礼を言う。それに適当に返して、俺は酒場のカウンターに掛けた。ユウナも俺の隣に腰掛ける。ミンは周りで雑談に移っている野郎どもの中に紛れ込んでいった。俺は横目でそれを確認して、前を向いた。
「リアナ、火酒を二つくれ」
「はい。……聞いたわよ、頭領。珍しいわね、貴方が弟子をとるなんて」
「修行じゃねぇよ。ただの講義みたいなもんだ」
即座にグラスを俺の前に差し出すリアナにそう言うと、俺は二つあるグラスのうち片方をユウナに差し出した。
「ほら、俺がおごるよ」
「え……」
「いいから遠慮するなって。今日はなんだかんだあって疲れたろ? この世界じゃいくら飲んでも毒にはならないからさ」
俺がそう言って薦めた火酒をユウナは一応受け取るも、なんだか少しばかし悲壮な顔でそれを見ていた。
「ん、どした?」
「い、いえ……頂きますっ」
変に思った俺が心配そうな声を出す。しかしそれと同時、なにか覚悟したようなユウナが酒盃をわずかに傾け、中の酒を一口舐めた。
直後、バタンッとカウンターに顔をぶつけるようにして突っ伏した。
「……………………え?」
ユウナの突然の行動に、俺は理解が追いつかない。
ただ、リアナが思い出したように言った。
「そういえば、飲めないって言ってたかしら」
俺は再び視線を突っ伏した少女に向ける。
薦めて。
舐めて。
倒れた。
…………酒に弱いというレベルか?
途方に暮れる俺。「どうするの、頭領」と呑気な様子のリアナに「早く下戸だと教えとけ……」と困ったような顔をして、ユウナの方を見る。
結構な音を立てて顔をぶつけていたようだったが、
「……んみゃ」
なんだか幸せそうな寝顔をしていたため、俺は軽くため息をつくと、それを指で軽くつついたのだった。
◇◆◇◆
目が覚めてみれば、夜。
「ん……」
なんだかズキズキと痛む頭を押さえつつ起き上がると、周りが暗いだけでなく、部屋の電気も消されていた。それどころか、今自分がいる部屋に覚えがない。
「ここは……?」
ちょっとした混乱に陥るところだったが、すぐに思い出した。私は酔いつぶれたのだ。
ベッドから足を下ろして、足を下に付く。しばらくその状態で呼吸を整えるが、頭痛はどうにもならないことを悟ると、そのまま再びベッドを転がった。この世界では身体に毒素が溜まることはないというのに、なぜ二日酔いまで再現するのかと、少し恨めしい気持ちになった。
ふと、思う。
彼が、運んでくれたのだろうか。
きっとそうだろう。彼は普段ズボラなように振る舞いながらも、かなり気が利く人だ。きっと倒れた私をそのまま運んでくれたのだろう。
……念のため、不自然な衣服の乱れがないか確認した。よかった、ないようだ。
周りは静まり返っている。もう騒ぎも終わっているようだ。
この酒場を根城にする『愚者の盾』。そのリーダーであった彼の帰還を祝う飲み会騒ぎ。成り行きで参加していたそれに、私は正直戸惑っていた。
私たち攻略組は、攻略を使命と考える中で、どこかそれ以外の人を見下す傾向にある。『愚者の盾』に対する態度が顕著な例だろう。
進むことを恐れる臆病者。
そんなことを、私もどこかで思っていた。
しかしどうだろう。彼らは私が見下せるような人々だったか。
和やかな雰囲気。途絶えない笑顔。それでいて、どこか一つ芯を持っている強さ、しなやかさ。
それは『解放軍』では見られない。私は戸惑っていた。
自分が、ここの一員になりたいと感じたことに。
「でも、私は『解放軍』なのに……」
自分の心の動きに、ついていけない。そう思ったところで、
しかし、私は気がついた。
自分を変えたのは、たった一人なのだと。
その一人と共にいたいだけということを。
「……」
顔が熱い。きっと月明かりでもわかるほどに真っ赤になっていることだろう。
私は何度も考え、同じ結論を出しては、頬を熱くした。
「……眠っちゃいましょう」
答えはもう出てる。
結果は出てから考えよう。
私は目を閉じて闇に包まれる中、思わず彼の口癖を呟いてしまっていた。
「これ以上考えても、どうせ無駄です……」




