成長
これでレンの実力が伝わればいいな……
「本当に……強くなったな、シュリ」
「攻撃全部避ける奴に言われても嬉しくねぇ!」
俺のしみじみとした呟きに、苛立った返事を返すシュリ。しかし、それでいて攻撃の手を止めることはない。
腰溜めからの右正拳。異常な威力のそれを俺がいなすと、背後に違和感。とっさに身を捻ると、俺の視界の外からシュリの踵が迫っていた。
「おっ」
敵の意識を逸らしたところで本命を叩きこむ、誘殺の一撃。
それに俺は思わず感心した。
俺のまだまだ余裕を見せるその表情が気に入らなかったのか、シュリが舌打ちを漏らす。そして直後、彼女は俺から距離をとった。
その前振りに、俺は口唇を吊り上げる。
「やっと《天虎》のお出ましか?」
「……まだ格闘じゃ勝てねぇ。だからこれでアンタを倒す」
シュリはそう言って俺と似た笑みを浮かべると、一言、呟いた。
「《詠唱破棄》」
それは、シュリが本気の証。
彼女は再び俺を見据えた。
「……行くぞ!」
そして開始直後のように走りだす。それは特に先ほどとの違いは無い。
最初と同じような拳が来るのを、いなし、掴んで、投げ飛ばす。最初と全く同じその応酬に、しかし俺は気を緩めない。そのまま目でシュリを追う。そこで異常なことを目にする。
宙に投げ出されたシュリがその場でくるりと体勢を変え、頭をこちらに向けるようにすると、
“空中に”足をつく。
現実ではありえない状況を起こす、システムスキル。その力で以て、彼女はその足場を蹴る。空中で新たな勢いを得たシュリは、真っ直ぐ俺の方へと飛んできた。
俺はそれをしっかり見極め、余裕を持って躱す。攻撃を外したシュリはしかし、そこで手を緩めはせず、地面に手をつき、足を“空中に”引っ掛け、そこを支点に回し裏拳を放つ。
相変わらず変則的なそれを、俺は苦笑しつつ、スウェーで躱した。
「これも上達したな」
「その言葉を負け惜しみにしてやるッ!」
シュリは拳闘士スタイルの《武芸者》だが、それと同時にある職業スキルの使い手でもあった。
スキルの名は《魔技遣い》。その効果は、魔法の効果を著しく下げることにより無詠唱で行使できるというものだ。
その効果は、俺の開発した錬成魔法を遥かに下回る。しかしその利便性は、本人との相性で俺のものを上回るだろう。
シュリは、そのスキル効果によって一瞬だけ空気の塊を築いて、自らの足場として利用する戦闘法を編み出す。それと、本人の俊敏性と跳躍力も合わさって、彼女はやがて《天虎》と呼ばれるまでになった。
《魔技遣い》は全ての属性を操ることが出来るらしいのだが、本人にイメージが足りないのか、シュリはその空気塊しか使えない。
少なくとも、俺が知っているのはこの程度だった。
「半年……もうアンタの知ってるオレとは違う」
「お、そりゃ楽しみだな」
先ほどとは一転しての好戦的な笑みのやり取り。その様子を周りの人間が呆れた目で見ているのを俺たちは知らなかった。
俺たちはしばらく互いに見つめ合った後、同時に駆け出す。
一瞬で互いに距離を詰める。シュリが一瞬早く地を蹴った。そのまま俺の斜め上方まで跳び、宙を蹴って俺に向かう。
飛んできた拳。俺はそれを絡めとって、カウンターの正拳を叩きこむ。初めて、俺はシュリに攻撃を仕掛けた。
「グ……ッ!」
横腹に入れられた衝撃に身体をくの字型にするが、その目の輝きは消えない。そのまま俺が掴んだ手を支点に身を捻り、踵落としを仕掛けてくる。
その身体操作に舌を巻きながらも、突いた拳を引き戻してからシュリの踵を受ける位置へと持っていく。
そこで、シュリが笑った。
「《爆炎》」
「な――ッ!?」
シュリの言葉に目を見開く。しかしそれからの対応が間に合うわけでもなく、俺は彼女の踵を受けた。
その攻撃が突如、ボーリング球ほどの小規模な爆発を引き起こす。
爆発の勢いを利用し、シュリは宙返りをしながら距離をとった。一方の俺は、その場で悶え転がっている。
「熱っ!? あっつッ!?」
「オレがいつまでも飛び回るだけなわけねぇだろ」
転がりまわる俺を嘲るように笑いながら、シュリが言い放つ。追撃が来ないことをいいことにしばらく転がりまわっていた俺だが、次第に痛みが引くと、その顔を笑みで満たした。
「いつつ……すげぇな。じゃあ、他の属性も来るんだな? そりゃ楽しみだぜ」
俺はそう言って、シュリを見る。
彼女は、とても微妙な表情をしていた。
「……火属性だけかよ」
「す、すぐにできるようになるッ!」
恥ずかしさを隠すように大声を張り上げているが、その顔は赤くなっている。なんだか可愛らしい。
俺はそれに微笑ましい気持ちになっていた。
「ッ……《爆炎》だけだと笑いやがって……!」
「しかも《爆炎》だけかよ……」
「うるさいッ!」
シュリは大声で言い放って、飛びかかってくる。それを俺は可笑しい気持ちで見つめながら、
「……そろそろ、終わらせるぞ」
自分からも踏み出した。
シュリは一瞬驚いたような顔を見せるものの、すぐに俺に集中する。そして再び俺の軌道から外れるように跳躍する。
俺はそれと同時に跳んだ。
同じくシュリのいる方へ。
焦ったようなシュリの弱い拳打を右手でまっすぐ受け止め、自分のゲージが微減しているのを見ながら、そのまま彼女の身体を蹴り飛ばす。
うまく手のひらでカバーして蹴りの衝撃を和らげたシュリは、空中で宙返り、地面に着地。息をつく前に再び俺へ攻めに来る。
彼女の集中が最高潮に達している。
それを感じながら、俺はシュリに向けていた意識をふっとずらした。
「なッ!?」
気づかないように徐々に俺からまっすぐ強烈な気迫を浴びせられ、突如その向きをずらされる。ただそれだけのことで、シュリは一瞬俺の位置を見極めそこねた。
そして、それが勝敗へつながる。
一瞬の交錯の後、俺とシュリは動きを止めた。
「俺の勝ちだ」
「……」
突き出された拳を絡めとり、後ろ手にして関節を極めたのだ。
シュリが悔しさに顔を歪める。
「俺がまた頭領をやる。文句ないな?」
「……好きにしろ」
ギリギリと歯軋りまでしている彼女に、俺はふっと表情を和らげた。腕を離してやり、そのままその頭を、ぽんぽん、と撫でてやる。
「本当に、強くなったな。これからも《愚者の盾》の姐御でいてくれ」
そんな俺の言葉に、シュリは何も反応を示さない。やっぱり怒ってるのか、と少しばかり俺が残念に思っていると、
「……降参だ」
とだけ、彼女は言った。




